14-34.最悪のタイミング
「我ながら、ちょろい女だと思いますよ。クラスメイトなんだから、それくらいのことは普通にしても変なことじゃないのに。当たり前とは言わないけどね。優しい人だなーって。で、それからバスの中で話すようになってから、気づいたの。悠馬は優しいだけじゃないって」
「……褒めてるのか?」
「もちろん。普通のことを普通にする常識はある。けどなんかワイルドな所もあるというか。ちょっと雑な性格もしてるし、自分のことに無頓着だったりして」
やっぱり、褒められてる気がしないのだけど。
「そういう人が、毎朝わたしのために少しの手間をかけているっていうのが、すごく嬉しくて。で、悠馬の家の事情を知ったら、雑な性格の理由もわかった気がして。お姉さんの世話とかで、自分のことに時間をかける暇がないんじゃないかなって」
その考えが正しいかは、俺にもわからない。
俺は自分と同じくらい、愛奈にも雑に接していた。けど、愛奈が全くしない家事に多くの時間を取られていたのは事実。
勉強はちゃんとしていたぞ。それは自分のための時間の使い方だ。けどそれも、いい大学に入っていい仕事に就けっていう、愛奈の希望も混ざっていた。
本当に俺は、家の環境に振り回されていたのか?
たとえそうだとしても、それは誰が悪いわけじゃない。事故があって、ある日全部が変わってしまっただけ。
仕事をするのに向いていない性格の愛奈が必死に毎日頑張って、毎晩疲れた顔して帰ってくるのを責める気はなかった。
それでも、俺は確かに自分を大切にしてこなかったのではとも気づかされた。
遥は俺自身よりも先に気づいていた。
「余計なお世話かもしれないけどね。でも、自分をあまり大切にできない悠馬の、力になりたいって思った。毎日押してくれるお返しに、なにか出来ることがあるんじゃないかなって。彼女になるってことじゃないよ? それは手段です。もっとこう……悠馬の役に立つこと。魔法少女として悠馬を助けるとかね」
「あれは、自分の足で走りたかったからじゃなかったのか? あの時はそう言ってたぞ」
デパートの服屋の中で、遥は強く訴えかけた。忘れはしないとも。
「それもあります。大きな理由です。でも、それだけじゃないってこと。魔法少女として戦うこともそうだし、それで仲良くなって悠馬のご飯作るようにもなった。わたしにはそれが幸せなんです。彼女を名乗れたことも大事なことだけど、おまけみたいな所はあるね」
「おまけ?」
「うん。でも、わたしは悠馬のことが好き。本気で好き。ずっと好き。だから、見せかけの彼女なんて嫌だ。本当の彼女になりたいです。……あー。だめだ。最後全然まとまらない。格好つかない。わたし駄目だなあ……」
困ったように眉を下げる遥だけど、それでも言いたいことは言えたらしい。すぐにスッキリした顔になって、アユムの方を見て手を振った。
遠巻きに見ていたアユムが駆け寄ってくる。そしてふたり並んだ。
「じゃあ、悠馬の答えを聞かせてくれないかなー」
「オレと遥、どっちが選ばれても恨みっこなしってことになってるからな」
ふたりとも。ニヤニヤ笑いながらこちらを見つめてくる。
それがどんな物にせよ、この場で回答しなきゃいけないのはわかった。圧があった。仕方ない。
「俺は――」
口を開いた瞬間、スマホから警報音が鳴り響いた。
――――
「ねえティアラ。バレンタインデーって知ってる? 知ってるわよね? 人間の女の子はみんなそれが好きなんだって」
大きな獣の姿になったキエラが、義足で歩く練習をしながらふと尋ねた。
歩くのはだいぶ上手くなったと思う。全力疾走は無理だけど、小走り程度の速度は出せるようになった。戦うのは、もう少し工夫が必要かも。でもできるようになるはず。
義足と義手の先端を細く削って、武器にした。いつか魔法少女に傷を負わせた物みたいに。キエラは常に、魔法少女を倒すことを考えている。義肢になってもそれは変わらない。むしろ想いは強くなっているようだった。
義肢が武器になるっていうアイディアは、ティアラもいいと思っていた。あの義肢装具士の仕事場から持ってきたものは、武器に加工できるのがいくつかあった。使わせてもらおう。
そんなことより、バレンタインデーか。
「ええ。もちろん知ってる。わたしには縁がなかったけど」
男の子を好きになる暇なんてなかったから。仮に好きな相手があたとしても、チョコを作って渡すなんて無理だっただろうな。
作り方なんか知らないし、材料を買うお金もないし、キッチンを使おうとしても母から余計なことはするなと怒られるだけ。
友達の輪から外れていたから、友チョコ文化にも縁がなかった。教室を飛び交うお菓子を、ただ見つめていただけ。
「そうなのね。かわいそうなティアラ。じゃあ、今日はわたしがチョコレートあげる!」
「本当?」
「ええ! 人間界からチョコレートを奪ってきて、一緒に食べましょう! いっぱい食べましょう!」
「それは……楽しそう! すごく楽しそう! でもいいの? キエラには、チョコレートを渡したい人がいるんでしょう?」
「ラフィオのこと? ええ。そうね。バレンタインデーのこと、正直よく知らないけど。好きな男の子にチョコを渡すのが、正式な風習なのよね?」
「たぶんそうだよ」
正式な風習とまで言うと、起源がどうとか調べなきゃいけなくなる。そんなことはティアラの知識にはないし、正直言うと興味もない。
「ラフィオに直接渡しに行ければいいのだけど、どこにいるかわからないのよね。ティアラは、魔法少女たちの住処を知っているの?」
「最寄り駅なら。あと、覆面の人の素顔なら。……名前は、でも」
「ええ。わかってる。ティアラにもこだわりがあるのよね。魔法少女の正体は秘密。ロマンチックじゃない? だから詳しくは聞かないことにしましょう。だから今は、フィアイーターでラフィオたちを釣るしかないわね」
鏡を見ながら、フィアイーターをどこに出せばいいかを調べる。どこに出してもラフィオは来てくれるけど、今回はチョコを渡すのも大事だから。チョコレートがいっぱいある場所がいいな。




