14-32.チョコプリン
不公平だよな。キエラの方が魔法に詳しいから、自力で行き来できる穴が作れるなんて。自我持ちフィアイーターにもその能力を付与できる。こっちは時間をかけて魔力集めだ。
まあでも、この石が完成すればすべてが終わる。今月末くらいには完成するペースだ。
「ラフィオー! ハッピーバレンタイン!」
するとつむぎがキッチンから戻ってきた。声は溌剌としてるけど、手に持ってる容器を落とさないように足取りは慎重だった。
皿ではない、独特な形の食器。強いて言えばワイングラスのような、足が生えていてテーブルの平面よりも高い位置に料理を置くことができる食器だ。ラフィオはこの食器の名前を知らない。調べ方もよくわからない。
けど、喫茶店なんかでプリンがこれの上に乗って提供されるのはイメージとしてよく知っていた。つむぎが出したそれも、プリンだった。
ただし普通のとは色合いが違う。黄色いはずのカスタード部分が茶色かかっていた。カラメル部の上に生クリームが絞られているけれど、それも茶色がかっていた。
あとサクランボも乗せてあるけど、これはまあ缶詰のやつだろうな。それよりも、これは。
「チョコプリン?」
「そう。ラフィオに何をあげたら喜ぶかなって考えて。学校で渡されるみたいな、きれいにラッピングしたチョコとかクッキーでもいいかなって思ったんだけど。でもラフィオにはやっぱりプリンだよねって思って」
プリンは包装できない。いや、できるだろうけれど手間がかかる。こうやってチョコを混ぜた生クリームが上に乗ってるなら、なおさらだ。
週末にここに来た時にこっそり用意して、ずっと冷やしてたのだろうな。
「食べて食べて。きっと美味しいはずだから」
「うん」
チョコプリンはこれまでも食べたことがある。つむぎと一緒に作ったことも。だから味の想像はつくし、思っていた味とそう代わりはしない。
けど、テーブルの対面に座って笑顔をこちらに向けているつむぎに見られながら食べるプリンは、なぜか特別な味わいがあった。
「おいしい?」
ニコニコ笑顔のまま尋ねるつむぎ。僕の返事を期待しているのだろうなあ。
「うん。おいしい。今までのプリンの中でも、一番おいしい。どのプリンよりも。……たぶん、つむぎが僕のために作ってくれたっていうのが大きいんだと思う」
「えへへっ。ラフィオのために、愛情込めて作りました。おかわりもあるよー。他のフルーツの缶詰とか、いっぱいあるから」
「せっかくだし、いただこうかな。つむぎが作ってくれたものだし、やっぱり全部食べるべきかい?」
「本当に全部食べちゃったら、晩ごはんの前なのにお腹いっぱいになっちゃうね。……でも、今日くらいならいいかな。待ってて」
キッチンに戻って別のプリンを用意するつむぎ。今度はサクランボではなく缶詰のミカンが載せられていて。
「はい。あーん」
「あーん」
食べさせてもらうなんて、ちょっと恥ずかしいな。
けど、幸せだった。
―――――
「そうだ先輩。チョコあげます」
バレンタインデーでも社会人は普通に仕事をしている。昔は職場でもチョコの受け渡しなんてものがあったらしいけれど、今はそんなことやらない。
表面上は、普通の日だ。愛奈もまた、やりたくない仕事をしていた。麻美に運転を任せて客先を回る。
愛奈からチョコを貰えるかもなんて期待する社員もひとりもいなかった。そこは気楽だからいいんだけど。
ところが、そんな一日が終わりかけた夕方のこと。麻美が大きめの箱を渡してきた。今までどこに隠してたんだろう。あ、営業車の後部座席か。わたしたちしか乗らないもんね。普段使わないもの。
「え。ありがとう。大きくない?」
「ご家族でどうぞ。いつもお世話になってるので」
「あ、そういう。同僚みんなに配ってるのかと思った」
「そんなことしませんよ。先輩だけです」
「そっかー。でもお返しを用意してないわねー」
「いいですよそんなの。日頃の感謝の気持ちですし」
「ちょっと待っててね。どこかお店に寄ってお返し買うから」
「どんなのですか?」
「コンビニのレジの所に置いてある、ちょっと高めのお菓子とか」
「あれ! 気になってたんですよ。自分で買う機会全然ないじゃないですか」
「買いましょう買いましょう」
運転するのは麻美だから、彼女が近くのコンビニを探してハンドルを切ることになる。
その際、ふと思ったことを聞いてみた。
「今渡してくれたの、いわゆる友チョコよね?」
「ええ。そうなりますねー」
「本命チョコじゃないのに、あんな大きな箱でいいの?」
「剛くんにも、あれと同じくらいの大きさのをあげます」
「おおー。ひとりに対して愛が大きい」
「あと、今夜デートに行く約束があります。彼、受験も大詰めですけど、今日だけは勉強してる場合じゃないって」
「そうなの!? よし、じゃあお菓子買ったらさっさと帰りましょう。定時で上がって、デートに行きなさい」
「はい! 先輩! 急ぎましょう!」
――――
放課後が来た。
今日一日、スマホに来たメッセージのことや、バレンタインデーの話題を遥もアユムも口にしなかった。昼休みには一緒に弁当を食べに外へ出たけど、その時も他愛のない世間話しかしなかった。
意図的に避けているのは間違いない。けど、ふたりの間に微かな緊張感が漂っているのはよくわかった。
終礼になると、ふたりはさっさと教室から出ていく。
これ、俺はもう校舎裏まで行ってもいいのかな。




