14-30.決戦はバレンタインデー
姉弟で結ばれることはない、か。
「当たり前のことだけどさ。でも、あのふたりの仲の良さを見てると、あのままふたりで一緒に暮らし続けるんじゃないかって。そんな不安はいつもあったの。悠馬には愛奈さんが一番で、他の女に入り込むのは無理って。そんな気もしてたんだ」
「わかる。あいつら、仲いいからな。あんなだらしない姉の世話焼くなんて。家族って言っても大変だろうから」
アユムも同じ気持ちだったらしい。
けど、遥の心配は杞憂でしかなくて、愛奈は姉として弟の恋愛を縛らないことにしたらしい。
たったひとりの姉という立場は安泰で、自分は悠馬から離れることは絶対にない。その地位で満足することにした。
当たり前といえば当たり前の方針だけど、愛奈がそれを選ぶのは驚きではあった。
東京でなにがあったかは知らないけど、結婚式って本当に影響大きいんだなあ。
まあ、遥にとっては嬉しいことだけど。大きなライバルがひとり身を引いてくれたのだから。たとえ、悠馬に永遠にくっつき続けるとしても、下手すれば悠馬が就職したら本当に仕事辞めて養われる可能性があるとしても。
悠馬のちゃんとした彼女の座を手に入れられる可能性は上がった。
アユムも同じことを考えているはずだ。
「なあ、遥。オレ、バレンタインデーに悠馬に告白しようと思ってる」
「……そっか」
本気なんだな。
「告白っていうかさ。悠馬はオレの気持ち、もう知ってるはずだから。悠馬の気持ちを問いただすって言うべきかな。お前オレのことどう思ってるんだよって」
「だよね。そろそろ悠馬の気持ち、聞かなきゃいけないよね。こんなにかわいい女の子ふたりに言い寄られてるのに、あいつ返事しないじゃん。駄目だよね」
「ああ。まあ、オレの方が好きって気持ちは上だけどな」
「そこはわたしの方が上だけどね! ビッグラブだよ!」
「オレの方が悠馬には先に会ってたし、ずっと好きでい続けてたんだが?」
「悠馬はアユムちゃんのこと、再会するまで忘れてたけどねー。その間ずっと、わたしは悠馬と同じ学校に通ってます!」
「そのほとんどの間は、相手のことロクに知りもしない他人同士だったじゃねえか」
「それはそうだけど! なんかこう、運命? みたいなのが既にあったと思うんだよね?」
「なんで疑問型なんだよ。もっと自信持てや」
「本当のことは悠馬にしか決められないからねー」
「……まあ、そうだな」
ここで言い合ってても、あまり意味はない。
楽しくはあったけど。
「でも困ったな。わたしもね、バレンタインデー当日に、悠馬に告白しようと思ってたんだ。本当の彼女にしてくださいって」
見事に、アユムと予定が被ってしまった。
「どうする? 一緒に告白しちゃう? それで、どっちがいいか選んでもらうとか」
「……ありだと思う」
「ありなんだ。反対するかと思ったら。なんかこう、それぞれ時間差でやって、後で選んでもらうとかもできるけど」
そっちの方が、告白するっていうロマンチックさがあると思う。
アユムもそれはわかってるようだけど。
「オレたちにとっても、悠馬にとっても。そんなのは今更だろ? それになんか。オレたちにロマンチックなのは似合わないというか。憧れはするけどな」
「うん。それはそうだね。じゃあ、放課後にふたりで呼び出して告白するってことで」
「おう。それでいこう。どっちが選ばれても恨みっこなしな」
「うん。負けないけどね」
「オレだって」
お互いに見つめ合って笑い合う。結果がどうなろうと、わたしたちは多分ずっと友達なんだろうな。
そして、バレンタインデー当日がやってくる。
――――
朝から魔法少女たちはソワソワしているようで、けれどバレンタインデーのことは口にしないという奇妙な状態だった。
もちろん愛奈を除いてだ。こいつはいつも通り、俺が起こすまで起きなかった。フライパンとお玉の餌食になって、いつものように俺の前でスーツに着替えようとして止められ、ひと足早く家を出る。
愛奈のバレンタインデーは既に終わっているから余裕といったところだ。
他の三人は、バレンタインデーのことを意図的に口にしないようにしながらも、鞄の中に忍ばせているであろうチョコレートの方をチラチラと見ていた。
俺に渡してくれるのかな。ちょっと期待する気持ちはあるけど、俺から話題に出すのもどうかと思うから、黙っておく。
たぶん傍から見れば、俺もソワソワしてるひとりなんだろう。
テレビではチョコツクレル氏の話題をしていた。模布市の臨海公園に、バレンタインデー限定のモニュメントを設置すると。近くの商業施設で彼の商品を扱うフェアもやるということで。
日本に来た有名パティシエが今回の滞在で、どんなインスピレーションを得たのかはとても興味があるな。
「悠馬。そろそろ学校行こ」
遥が鞄を大事そうに、けれど松葉杖を使う関係で、片手でしっかりと抱えながら言う。
やはりいつものように、遥の車椅子を押してバスに載せてやり、アユム含めて三人で学校へ向う。つむぎはラフィオを鞄の中に隠して小学校だ。小学生でもチョコの受け渡しってやってるのかな。友チョコみたいなのはあるのかも。
どうやらソワソワしているのは世間全般のことらしく、高校でも悲喜こもごもの光景が繰り広げられていた。
「誰かっ! 誰かチョコを! チョコをくれー!」
「おー。沢木やってるねー」
「あいつ、いつもこうだよな」
「去年もバレンタインデーは騒がしかった気がするなー。義理チョコも貰えないのが、らしいというか」
「仮にも陸上部の次期部長なのに」
「女子含めて、部員からの信頼はあるんだけどね。チョコだけは渡したくないっていうか」
「渡したら、なんか勘違いしてきそうだもんなー」
哀れな奴だな。もう少し慎ましい性格してたらモテるだろうに。




