14-16.チョコツクレルと服選び
セイバーはプリンにさほど興味がないらしく、早くも稼働再開したエスカレーターに乗って紳士服売り場の階へと向う。
紳士服といえばスーツを思い起こすけど、カジュアルな服も扱っている。
売り場の店員も戻っていて、俺たちに頭を下げていた。いらっしゃいませと定形の言葉だけだけれど、たぶん店を守ってくれた感謝の意思が込められているのだろう。
ちなみにこの買い物の様子は、すぐに駆けつけてきたテレビもふもふのクルーたちにしっかり撮影される。澁谷もアナウンサーとして同行していた。
「ジーンズとかがいいのかしら」
「上は制服のブレザーで下だけジーンズっておかしいだろ」
「それは確かに。無難なスラックスとかがいいわね」
「覆面さんは、普段どのように服を選んでいるのですか?」
「前までは、服屋のマネキンが着てたのを真似していた。今は……魔法少女のひとりが、俺に似合う服を選んでいる」
「なるほどね。魔法少女たちの関係性が見えてきたよ。単に街を守ってくれるヒーローなだけではない。彼女たちにも個性があり、普段の生活があるんだね」
チョコツクレルがなにやら感心したように頷く。
インタビューをするわけではない。戦いに臨む心構えとか、意気込みを聞いてくるわけじゃない。
俺やセイバーが、澁谷と会話してどのように受け答えしているかで、俺たちの姿を見ているようだ。
「覆面くん。君の顔はわからないが、スタイルがいいのはわかる。スポーツをやっているね?」
「陸上を少し。走るのがメインで」
「なるほど。ランニングは全ての運動の基礎だ。素晴らしい。その体格を隠さない種類の服を着たらいい。トップスもそれに合わせるべきだね。ぴっちりした服というわけではないが、体型に合わせたような……」
ズボンだけのはずなのに、チョコツクレルはトータルコーディネートを考え始めた。とことん拘りたいのだろうな。これだから芸術家というやつは。
「チョコツクレルさんは、ファッションにも詳しいのですか?」
「そうだよ。僕は常に世間に目を向けている。世間を動かす人たちや、動かされる人たちだ。そこからスイーツのインスピレーションを受けている。そして、どのように着飾れば人が美しく見えるのかは、スイーツを飾ることと無関係とは言えない」
澁谷の質問にも答えながら、俺の服を買っていく。
「うわ。悠馬見てこの値段。すごくない?」
「服ってこんな高いのか?」
「やばいわよね。服なんて着れたらなんだっていいと思うんだけど」
「俺も同じ考えだ。姉ちゃんはでも、スーツ着るときはピシッとしてるだろ?」
「あれはスーツ屋さんに言われた通りの着こなしなの」
「まあ、私服はかなり力抜けた感じだもんな」
「最悪、制服でデートしても気にならない程度にね」
「それは気にしろ」
チョコツクレルが店員に渡した服の値段を見て、俺たちはヒソヒソと話す。普段の俺たちには手が出ないというか、買う気も起こらないような値段。ブランドものって地元でも当たり前に売ってるんだな。
世界的に有名なパティシエ、というか芸術家が金持ちであることに驚きはなかった。
というわけで、俺はチョコツクレルコーディネートの服を着た。
着心地とかは、よくわからない。というか、値段のことがちらついて逆に悪い感じがした。庶民には荷が重すぎるファッションだ。
もしまたフィアイーターが出てきて、この格好のまま戦うとかになったら嫌すぎる。戦ったらどうしても汚れるから。こんなブランドものを汚したくない。
「あ。でも似合ってるかも。黒をベースにしてるのね。覆面が黒いから、色彩は抑えていてモノトーンな感じの服で合わせてる」
「魔法少女はさすがだね。僕の意図をすぐに見抜いた」
「いえ、思ったことを口にしただけです」
「そして、華やかなピンク色の魔法少女と並び立つことによって、このファッションは完成するんだよ」
「へー。なるほどねー」
セイバーとチョコツクレルが並んで俺を見ている。あとカメラも。
やめろ。セイバーはせめて俺の横に来てくれ。並んで完成するんだから、こっちに来い。
とはいえ、チョコツクレルの提案は完了した。そして彼は、魔法少女と覆面男が紳士服売り場を歩きながら他愛のない会話をする様子にインスピレーションを受けたらしい。
それでいいのか。俺にはわからない。芸術家っていうのは、独特な感性を持ってるんだな。
「ありがとう。ふたりとも、本当にありがとう。まさか滞在中に魔法少女と会えて、こうして会話できるとは思わなかった。僕は幸運だ」
涙を流さん勢いで、俺たちにそれぞれ握手をするチョコツクレル氏。
彼のブランドのチョコレートはちゃんと送ると約束してくれた。それならこちらに、というか愛奈にもメリットはあるんだな。
あと、澁谷たちにも。このやり取りはたぶん、テレビもふもふの夕方の番組で流れるんだろう。かなりの視聴率がとれそうだ。話題性もばっちり。いいんだけどな。
チョコツクレルは澁谷に追加の取材を申し込まれて、一緒に去っていった。俺たちもデパートの店員たちに見送られながら出ていく。デパートとしても、魔法少女が買い物したって話題性でプラスか。単純に高い品が売れたっていうのもあるし。
とにかく、ふたりで人目につかないところまで移動して、セイバーは変身解除。俺も覆面を取る。
なんだか、いつもの戦い以上に疲れた気がする。
「いやー! 楽しかったわね! 悠馬もおしゃれになったし! 制服デートではなくなったけど!」
「本当にな」
愛奈は高校時代の制服に戻ったけど、俺はブランドもので固めている。傍から見たらどんな風に映るんだろうな、このカッブル。
「とりあえずデートの続きするわよー。テレビもふもふの社屋に行きましょう!」
「え、なんで」
「模布市限定のモフ鳥さんチョコを買うって言ってたじゃない!」
「いらないだろもう。チョコツクレルのチョコレート貰ったら、それで十分だろ」
「そうじゃないのよ! 色々買いたいのよ!」
愛奈は、この近くにある社屋へと向かっていく。
仕方ない。ついていってやるよ。




