14-15.懐が大きいチョコツクレル
さて、これからどうしよう。こんなことがあったら、なんとなくデートを続ける気にはなれない。みんなと一緒に帰ることになるかなと考えていた。
すると、拍手の音が聞こえてきた。
「素晴らしい! これが魔法少女の戦いか! エネルギッシュでエキサイティングで! 生で見ることでしか得られないインスピレーションが次々に浮かんでくる! これぞ生きるということなんだな!」
チョコツクレル氏が興奮した様子で駆け寄ってくる。その後ろを、澁谷が困った様子でついてきた。
「初めまして! わたしはロベルト・チョコツクレル。ニューヨークを拠点に、スイーツ作りをしています。わたしの使命はスイーツを通して世界の美しさを表現すること!」
「ごめんなさい皆さん。チョコツクレルさんと一緒に隠れて様子を見てたんですけど、どうしても話がしたいと強引に出てきて」
澁谷が申し訳なさそうに頭をさげる。
パティシエという仕事は体力勝負なものらしい。彼も人間としてはタフな方なんだろう。無理やり出ようとすれば、澁谷にも止められないだろう。
「皆さん、あなたたちの戦いは素晴らしかった。できればもっと話を聞きたい。じっくり取材させてもらえないだろうか!?」
「えーっと……」
「チョコツクレルさん、魔法少女の皆さんにもプライベートがあります。あまり引き止めるのは」
「いいですよー」
「おい」
澁谷が気を利かせてくれたのに、セイバーがちらっと俺の方を見てから了承した。待てこら。
「わたしと覆面くん、デートの途中で怪物騒ぎに巻き込まれちゃったのよね。わたしたち、付き合ってるから。付き合ってるから!」
「ちょっ! 何言ってるんですか!? お姉さんはゆう、覆面さんの弟です!」
「姉弟だけど付き合ってるのよねー」
「付き合ってるのはわたしです!」
「ふたりとも。チョコツクレルが困ってるだろ」
「いや、彼女たちのエネルギッシュな関係が見えて素晴らしいよ」
「マジかよ」
これを肯定できる人間、まともじゃないだろ。
「でね、チョコツクレルさん。覆面くんの制服のズボンが汚れちゃったから、ここで新しいのを買いたいなって。デパートならいいの売ってそうだし! それを選んでお金を出してくれるなら、その間はインタビューに応じてあげる」
こいつはなんてことを言い出すんだ。けど、このズボンが気持ち悪いのは事実。
あと、チョコツクレルの熱意は本物みたいで、拒絶しても簡単に諦めるとは思えない。無下にするのもあれだしなあ。
「それから。チョコツクレルさんのチョコ、バレンタイン用にちょっと欲しいなーって思いました!」
「おい」
それが理由か。結婚する友達にあげるってやつ。たしかに話題になってるし、あげたら喜ばれるだろうな。
「もちろんだ! 魔法少女の力になれるというなら協力は惜しまない! 店員に連絡する。営業再開までは時間がかかるだろが、対応できないか取り次いでみよう! チョコレートは、今日用意したのは売れないな。怪物の巻き添えを食ってしまったから。新しいのを用意しよう。どこに送ればいいかな?」
「澁谷さんのテレビもふもふに」
「わたしですか!? ……まあ、窓口になるのは構いませんけれど。その代わり、今からやる買い物はうちのクルーも同行させてもらいますから」
「ええ。いいわよー。ちゃんと撮ってね」
たぶん、澁谷への義理立てもあるんだろうな。ここでちゃんとチョコツクレルに話しをすれば、彼とこれ以上関わることはなくなる。
「というわけで、ライナーたちはさっさと帰りなさい」
「いやいや、そうもいかないから!」
「そうだ! オレたちだって覆面とデートしたい」
「来週やりなさい! 帰れ帰れ。元々わたしたちがデートしてたのよ」
「うー!」
剣をブンブン振ってライナーたちを遠ざけるセイバー。ライナーたちは納得行かないようだけど、俺と愛奈がデート中だったのも事実。
「みんな! 帰りましょう! 早くラフィオを乾かさないと!」
ハンターが戻ってきた。頭にラフィオを乗せている。全身ずぶ濡れになって、モフモフではなくなっていた。
犬がするように体をぷるぷる震わせて周りに水飛沫を飛ばす。けど濡れてる状態は変わらなかった。
体についたプリンは洗い落とせたんだろうな。いくらプリン好きでも、それでお腹がベトベトになるのは嫌か。
「僕としては、しばらくここで買い物をしてもいいんだけどね。プリンとか売ってそうだし」
「それはまた今度! 今はラフィオをモフモフに戻さなきゃ駄目なの!」
「そういうわけだ。帰るぞ」
ラフィオに運んでもらうのではなく、自分の足で外に出て家に向うハンター。
「ああもう! セイバー! 今日は譲ってあげますけど! 今日だけですから!」
「あ、おい待てライナー!」
ライナーとバーサーカーも、ハンターに続いていった。
騒がしかったのがようやく収まった。
「慌ただしくてごめんねー。じゃあ行きましょうか」
「いいとも。デパートの人にも連絡はついた。紳士服売り場を特別に開けてもらうそうだ。来てくれ」
「そういうこと。行くわよ覆面くん。あ、このプリン無事そう。ラフィオに持って帰ろうかしら」
「やめとけ」
洋菓子店のブースだろうか。無残な形になっていた。ガラスケースが割れて商品に破片が降り注いでいる。
カップに入ったプリンは無事そうだけど、破片の影響が無いとは限らない。チョコツクレルが今日売っていたチョコレートを魔法少女たちに渡さないのも似た理由だ。
破片を浴びた商品を売るわけにいかないんだよ。それが接客精神ってやつだ。




