14-8.遥の恋心
ふたりの酔いも、少し休憩したらかなり良くなったらしい。シャワーを浴びて、澁谷はちゃんと昨日のスーツ姿になった。昨夜予想した通り、今日は休みらしい。だから普段よりハメを外して飲んだし、バニーにもなった。
そして酔いが覚めているにも関わらず、愛奈はまた制服姿に戻った。
「本気なのか?」
「ほ、本気です!」
「ちょっと恥ずかしそうに見える」
「気のせいよ!」
いつもよりも短めのプリーツスカート。胸元のリボンに無意識に指が伸びて弄っている。
「さ、さあ悠馬行くわよ! どこか行きたいところある!?」
「急に言われてもわからないんだけど」
「とりあえず布栄の方行きましょうか! 遊ぶ所いっぱいあるし! ああ待って! 悠馬がまだ制服に着替えてない!」
「やっぱり俺も着替えるのか……」
忘れてなかったか。制服デートだもんな。
遥たちが、そこまでしなくてもって顔を向けてたけど、一度愛奈に合わせると言った手前やらないといけない。
まさか休日にこれを着るなんて。確かに週末に街に出るとなんか制服姿の同年代を見かけることは多いけど、みんなもそんな理由なのかな。部活の帰りとかじゃなくて。
「うん! 悠馬の制服似合ってる! 行きましょう行きましょう!」
そして俺の手を引いて、さっさと家から出ていってしまう。
――――
「あああああ! 愛奈さんずるい! ずるいずるいずるい! なんか強引に悠馬を連れて行ってずるい! わたしもデート行きたい! むがー!」
悠馬たちがデートに行った後、遥はソファに寝転がって手足をジタバタさせた。うるさいなあ。
ラフィオは、今日もモフモフしてこようとするつむぎから逃げながら、遥の近くに妖精姿で着地する。
「そんなに気になるなら、遥だって誘えばいいじゃないか。デートしたいって言ったら、悠馬はきっと応じてくれるよ」
「そうですよ。遥さん、悠馬さんの彼女なんですから」
「そうなんだけどね……」
「いやちょっと待て。本当の彼女じゃないだろ」
「そうなんですよ……」
アユムに指摘されて、いつもなら彼女ですと言い返しそうなものだけど、今日の遥は違っていて。
「なんかさ。アユムちゃんと出会ってから、悠馬とふたりきりになることが少なくて。デートも行ってない気がして」
「そんな気はしてる」
「わたしもね。義足作りとかニコニコ園に遊びに行くとか、自分のことが忙しくて。むしろアユムちゃんの方が悠馬と一緒にいること多いじゃない? クリスマスはデートしてたし」
「あれは、正々堂々勝負した結果だろ」
「昨日も愛奈さんの部屋の前で仲良くしてたし」
「あれはそんなんじゃないからな」
「わたしの彼女としての立場が揺らいでいる気がするのです。倦怠期かなあ」
「倦怠期って表現はおかしいだろ。付き合ってるどころか結婚してる」
そうだね。そこまで言い切れるなら、遥もまだ気持ちでは負けてない。本人はそうは思ってないようだけど。
「うー。悠馬ー! 今度わたしともデートして!」
「それは本人に直接言うべきじゃないかな。モフ鳥さんじゃなくて」
「遥さんモフ鳥さんモフモフします? 元気になりますよ」
「する……モフモフ……」
「駄目ですよ遥さん。モフモフはもっと元気よくやらないと」
「モフモフに作法とかあるの? というか、元気になるためにモフモフするのに元気よくとは……?」
遥がこっちに疑問の目を向けてきた。つむぎには答えられそうにないからとかだと思うけど、そんなの僕だって知らないからな。
「モフモフー!」
「も、モフモフー」
それでも、ふたりにモフられるというモフ鳥さんの尊い犠牲のおかげで、遥も元気になったらしい。
「よし! これまでのことは気にしない! 大切なのはこれからのこと! アユムちゃんつむぎちゃん! チョコレート作りの練習しましょう! 澁谷さんも!」
「え? わたしも?」
「澁谷さん、若者たちに評判のチョコレートの傾向とか知ってそうですし!」
「それは……まあ、テレビの取材の関係で見聞きすることは多いわ。けど、お店で出すような映えるチョコレートの情報がメインよ」
「映えるチョコについても教えてください! 実際に食べに行って、参考にします! 取り入れられる所は取り入れるとかで!」
「じゃあ、そういうお店とかテレビで扱ったチョコについて、まとめて送るわね。この前デートスポットを送ったみたいに」
「お願いします! じゃあわたしたちは、簡単なのからチョコ作って行きましょう! ……材料買うところから始めなきゃだねー」
遥は無理やり気分を奮い立たせている。ラフィオにはそう見えた。彼女が悠馬のことを好きなのは本当だろう。けど、悠馬がそれに応える様子はない。
他の女への態度も同じ。
バレンタインデーっていうのは、つくづく罪なイベントだなあ。嫌でも男女の関係について意識させてくる。遥の悩みは、まさにそれだ。
チョコツクレルみたいな、世界からパティシエが集まってチョコレートがよく売れる程度のイベントになった方が、世の中の男女は心穏やかになるのじゃないかなあ。
でも、それでも恋に向き合おうとする遥は立派だ。同じ志の乙女はきっと、日本中にいるのだろうな。




