14-6.澁谷のバニーさん
地元愛故だから、責めるのも気がとがめてしまう。
「わたしとしては、あなたたちに迷惑をかけるつもりはないの。けれどどうしても、魔法少女に注目が集まってしまうわよね。せめて事前に連絡くらいはしておくべきだったと思います。ご迷惑をおかけしました」
番組の中でアナウンサーが先程の内容を訂正するように、澁谷が頭を下げた。
「まあまあ。待ってください澁谷さん。わたしたち、別に迷惑はかけられてないわよ。要は、そのロベルトさんがわたしたちに今後関わらなければそれでいい、ってことでしょ?」
制服姿の愛奈が、ビールをがぶ飲みしながら確認する。社会人として、素直に謝罪してきた相手には誠意をもって対応する、という社会人スキルを発揮している。
酔っ払って高校の制服姿だけど、社会人らしい。違和感しかない。
「今のところ、特に迷惑かかってないしね。だからいいわ。テレビ局として、別にわたしたちに引き合わせるみたいなことはしないんでしょ?」
「はい。それはもう。もちろんです。チョコツクレルさんのイベントなんかは企画されていますけれど、魔法少女と会いたいという要求は拒絶することにしています。わたしたち現場のスタッフの意思です」
「だったらいいわ。みんなもそれでいいわね?」
なんだかんだ、年長者として魔法少女たちの意思をまとめるのがうまい。チョコツクレル氏のこと自体、今初めて知ったというのに。
他の魔法少女たちも、それならいいかと頷いていた。
「よし。じゃあそういうことね。澁谷、あなたもたくさん飲みなさい。この仕事やってると、上からの指示と良心の板挟みで辛いこともあるでしょう。好きなだけ飲んで忘れなさい」
「い、いえ。今回は特別で、そうあるというわけでは……いただきます」
ビール缶を向けてくる愛奈に、恐縮しながらもコップを向ける澁谷。思うところがあるのか、体に酒を注ぎ込む。
「そうなんれすよー。一部の上が、ほんとーにひどくて! なんなんれふかあの人たち! 魔法少女に密着取材しろって言ってきて! 無理ですよね! むりむり! むーりー!」
なんかストレスが溜まることがあったんだろうな。普段よりも酒を飲むペースが早くて、すでに呂律が回っていない。
愛奈も引き気味だった。
「そ、そう。それは大変ね。えっと、密着取材?」
「はい! 魔法少女の連絡先を知ってるなら、正体を明かして取材すれば視聴率稼げるだろーって! そんな重役がいるんです! ひとりだけですけど! ありえん!」
確かに、そんな取材はありえないな。高視聴率はとれそうだから、会社としては一応提案したいものかもしれないけど。
「わたしはですね! みなさんに日常をもっと活き活きと過ごしてほしいんれす! まほー少女の戦いは尊敬してます! ですが、普通に毎日を送ることこそ、皆さんにとっては大切なこと! 普通を邪魔する権利はテレビにはありません!」
「おおー」
澁谷の酔っぱらいながらの演説に、みんな控えめな拍手をした。
この人は本当にマスコミの鑑で、故にマスコミの仕事が向いてないなあ。
「普通に学校に行ったり会社に行ったりして! 普通にコスプレする! 今の愛奈さんみたいに!」
「いえ。別にこれはコスプレではなくて……」
「わたしもコスプレしたいです!」
「ええ……遥ちゃん、なにかある?」
「なんでわたしに訊くんですか。……バニーさんならありますけど」
いつか愛奈が着てしまったやつか。
「着たいれふ! 遥ちゃん! 持ってきてくらさい!」
「は、はい! アユムちゃん手伝って」
「おう……」
ふたり、そそくさと部屋に向かっていく。
「澁谷さん、相当疲れてるみたいだねー」
「そうだね。ストレス溜まってるんだろう。そういう時はやけ酒するより、ゆっくり寝たほうがいいんだけどね」
「ゆっくり寝られそうなおかず、ラフィオ作れる?」
「作れ……いや、僕は今、キッチン出禁なんだよね」
「そっかー」
ちびっ子たちはそんな話をしながら、ゆっくりと距離をとってソファの陰に隠れる。
「猫動画見よ」
「うん。大人の愚痴よりは見ていられる」
ひどいこと言ってるなあ。
「澁谷さんどうぞ。バニーさんです」
「ふたりともありがとう! 早速着るわね!」
「ここで着替えないでください! アユムちゃん!」
「はいはい……風呂場行こう。な?」
俺がいる前で脱ごうとする澁谷を慌てて止める女子高生たち。俺も慌てて目をそらした。
ものすごくストレス溜まってるのはわかるけど。ちょっと行動が突飛すぎないか?
しばらく待っていると、ペタペタと足音が近づいてくる。
「悠馬くん! どうかしら!? 素直な感想を聞かせてください!」
「なんで俺が」
バニーさん姿の澁谷が俺に駆け寄ってきた。そして抱きついた。おいこら。見てほしいなら少し離れろ。密着してると見るどころじゃないだろ。
「こういうのは男性の意見を聞くのが一番なんです!」
「俺高校生! 感想とかそんなの思い浮かばない!」
「見てください!」
「見るから離れろ!」
胸が当たってる。愛奈が着たときは真っ平らだった部分が、俺の腕に押し付けられてる。
正直、さっきその姿を見た時は、愛奈が着るよりも似合ってると思った。
スタイルがいいというか、胸が大きな人の方が映えるわけだから。そして澁谷は巨乳の部類に入る人間だから。とても似合っていた。
口にはしないけどな。




