14-5.姉の制服姿
やがてマンションの前まで着く。遥の母とはここでお別れ。
「またねお母さん。今度家にも顔を出すね」
「ええ。何かあったら教えてね。悠馬くんたちに迷惑かけないようにね」
「かけてないってば。仲良くやってます」
「愛奈さん、娘をよろしくお願いします。わがまま言ったら厳しく躾けてください。悠馬くんもアユムちゃんも」
「もー! お母さんわかったから! わたしちゃんとするから!」
ふふっと上品に笑って、母親は自分の家へと帰っていった。俺たちも家に向かう。
ラフィオとつむぎは仲良くテレビを見ていて、俺たちの帰宅を知った途端に夕飯の準備をしにキッチンへと向かって。
「あ、ラフィオ。しばらくこの家のキッチンは男子禁制になったから」
「なんでだい!?」
ラフィオがとても驚いていた。まあそうだよな。そうなるよな。
「まあそれは。バレンタインデーに便乗したかくかくしかじかで。夕飯も朝ごはんもわたしとアユムちゃんで作るの」
「そ、そうか……」
「遥さん! わたしにもチョコレート作り教えてください!」
「おー。つむぎちゃん積極的だねー。よし、やろうやろう。ラフィオ、そういうわけだから」
「まったく。いいけどね。じゃあ僕は、掃除とか洗濯をいつも以上に頑張ろう」
「ラフィオのそういう所、いいと思うよー。でもわたしたちの下着は別で洗うからね!」
「わかってるよ。これまで通りだね」
「ちなみに期待してないですけど、愛奈さんはチョコ作り……あれ? どこ行きました?」
「スーツから着替えるって言ってたぞ」
いつもと違うから、確かに変だと俺も思う。
愛奈は毎日、スーツ姿で飲んだくれている。帰宅してすぐにスーツを脱ぐなんて普通じゃない。
そういえば、さっき言ってたよな。
「ほら! あんたたちと同じ制服着てたし、今も持ってんのよ! てか着れるの! わたし、まだまだいけるじゃない!」
愛奈が、遥たちと同じようなブレザーにミニスカート姿で戻ってきた。
「どう悠馬? 似合うでしょ?」
「俺に訊くな」
そもそも新鮮な光景ではない。俺がまだ小さかった頃、小学校の低学年とかの歳だったけど、愛奈が毎日この制服着ていたのは知っていたから。
「社会人が制服着てるの、なんというか……あれですね」
「ああ。あれだな」
同じ制服姿の遥とアユムは、ちょっと引いてる。やっぱ愛奈は年上なんだと思わされている。
「なによ。あんたたちが疑うから着たんでしょ」
「驚いただけで疑ってないですよ。てか、着てほしいまで言ってませんし」
「オレも別に疑ってなかったからな」
「あ。そういえば澁谷さんがもうすぐ来るそうですよ」
「え?」
つむきが思い出したように言って、直後にチャイムが鳴った。
「はーい。澁谷さんいらっしゃい」
ちらりとモニターを確認してから、パタパタと玄関に駆けていくつむぎ。
そして愛奈は。
「ちょっ! 聞いてないんだけど!」
「アユムちゃん! お姉さんを行かせないで!」
「おう!」
「なんでよ! 着替えさせて!」
俺たちの前で制服姿を見せるのはいいけど、お客さんには嫌らしい。基準がわからない。俺たちの前でも恥ずかしがれよ。
面白がった女子高生コンビが、愛奈が部屋に戻るのを阻止している。そして無情にも扉が開く音がして、スーツ姿の澁谷が入ってきた。
愛奈の制服姿を見て、少しだけ時間が止まってから。
「いいと思いますよ、愛奈さん。似合ってます」
「ああああああ! 気を遣われたー!」
その場で崩れ落ちる愛奈。今日も賑やかだ。
お客さんが着ているのに待たせるわけにもいかず、また澁谷がお土産としてお酒やら肴を持ってきた上に、俺たちにもちょっと良いお菓子を用意してくれたということで、このまま夕飯に入ることになった。
制服姿の愛奈が澁谷と乾杯している。未成年が飲酒してるようにも見えて、少し危険だ。
「それで澁谷さん、今日はどうしてここに?」
「テレビを見ていたつむぎちゃんから連絡がありまして。ロベルト・チョコツクレル氏の緊急来日はヤラセなのかって」
「チョコツクレル氏?」
そんな名前の人いるのか? 調べると本当にいた。大手マスコミのネット版や、インターネット百科事典にも記事がある有名人だ。
それが緊急来日したと、確かにニュースになっている。
「彼が魔法少女の戦いからインスピレーションを受けようと、模布市に来たのは本当です。そうするという噂が数日前から、模布市のメディアに広まっていて、空港にスタッフを配置していました。そして確定情況になってから、用意していた速報を打ちました」
今回の件以外でも、ニュース速報ではよくあることらしい。本当に素早く情報を送るために、予測される出来事の場合はあらかじめ文面を用意しておくとか。
迅速なニュースの提供のための企業努力だ。
けど、一介のパティシエの来日にこんなに大騒ぎしたのは。
「大物が来日する時って、どうしても東京中心になるでしょう? なのに模布市に来てくれた。普段は目立たない街なのに。だから、この街のメディアが舞い上がっちゃったみたいなの」
気持ちはわかる。東京と大阪では開かれるイベントが、模布市だけはスルーされる。いわゆる模布飛ばしという言葉が昔作られたそうだ。
魔法少女という存在のおかげではあるけれど、ピンポイントに模布に世界的な有名人がやってきた。その事実にメディアの上層部が舞い上がってしまい、こんなバカバカしい中継をしたのだろう。




