14-4.愛奈の高校時代
「ねえねえ悠馬。わたしたちも美人って言ってよ」
「遥もアユムもかわいい」
「うんうん。なんか雑だし、美人とは言ってくれなかったけど、でもそれはそれで嬉しいな。かわいいって言われたい年頃だもんね!」
「でも今度は、誰かにお願いされる前に自分から言ってほしいよな」
「わかるー。というわけで悠馬、覚えててね! そしてそれっぽいタイミングでかわいいって言ってね!」
なんでそうなるんだよ。
「ふたりとも、言われるための努力はしなきゃいけないわよ。普段よりもかわいくなって、態度も気をつけないと。男の子には気づいてもらえないものよ」
「お母さんさすが! 人生の先輩!」
「オレも、ファッションに気を遣わないといけない時が来たのか……」
そんな会話を延々と続けながら、電車に乗って最寄り駅へと行く。
改札を出たところで、見知った姿を見つけた。
「あ。お姉さーん。お仕事終わりですか?」
「お姉さんじゃないわよ……あ、どうも。お世話になります」
いつも通りに返事をしたスーツ姿の愛奈は、遥の母の姿を見て頭を下げた。社会人として、それっぽいように振る舞えている。
愛奈は仕事帰りといった様子だけど。改札ではなく駅の別の出入り口から入ってきたような歩き方をしていた。ショッピングセンターがある方向からだ。そして手には、模布市のお土産として定番の銘菓の紙袋と、普通に買い物したと思われるビニール袋が提げられていた。
ビニールの中身はいつものようにビールと肴だとして。
「なんで模布市名物?」
「あー。それはね。来週の週末ちょっと遠出するから。東京まで」
「それはまたなんで」
「高校時代の友達が結婚するの」
「えー! お姉さんって高校時代あったんですか!?」
「いや! 驚くところそこ!? あるに決まってんでしょ! ほんの八年前のことよ! ……高校卒業してからもう八年!? てかもうすぐ九年じゃない! そんなに経つの!?」
なに自分で言ったことで驚いてるんだよ。
「そうなのよね。時間ってあっと言う間に過ぎていくのよね」
人生の先輩である遥母がしみじみと言う。マイペースな人だな。
「はあ……あんたたちと同じ制服着てたのよ。疑うってんなら、まだ制服家にあるから、後で見せてあげるわ」
「いえ疑ってはないですけど。それより結婚式?」
車椅子を押されてマンションまで向かいながら、遥が興味津々といった様子で尋ねた。
「ええ。仲のいい友達がいてね。彼女は大学進学で上京したんだけど、向こうで出会った人と結婚するんだって。というわけで、式にお呼ばれしたの」
「へえー。いいですね、結婚式。憧れます」
「オレもオレも。ウエディングドレスって実物見てみたい」
「言っておくけど、あんたたちを連れて行くわけじゃないからね」
「わかってますよー。それはお土産なんですね」
「そう。あの子好きだったから。地元のお菓子なんて地元の人間は食べないものだけど、好物なこともあるのよねー」
「じゃあ、そのラッピングされた箱はなんですか?」
「バレンタインデーのチョコ」
「へっ!?」
遥は紙袋の中を覗き込んで、何か見つけたらしい。尋ねて、そして驚いた。
愛奈はなんでもないように、紙袋からそれを取り出した。ビール缶の水滴に当たらないように、そっちに入れたらしい。
そこのショッピングセンターではプレゼント品にラッピングをするサービスをしている。まさにそれだ。大きさは確かに、あそこの特設コーナーで売ってそうなチョコレートの箱のもの。
「結婚するあの子、昔からお菓子作りがうまくてね。バレンタインデーになると毎年友チョコをくれてたの。でもわたし、お返しすることができなかった。だからまあ、ちょうど時期だし。いい機会だし。今でもわたしはお菓子作りなんかできないけど、せめてちょっと良いチョコレートをプレゼントしたいなって。それだけよ。なんであんた、そんなに笑ってるのよ」
「だってー。お姉さんに、ついにチョコレート渡したい相手が出来たのかなって思って」
「いないわよ、そんなの」
「そうですかー。わたしは悠馬にチョコレート作って渡しますけどねー」
「あ! わ、わたしだって悠馬にチョコ渡すわよ! ……買ったやつ」
作らないっていうのが愛奈らしいな。それでいいんだけど。というか、俺を巡って対抗するな。
「でも、結婚式で同級生の男の人と再開して、なんかいい雰囲気になったりしないですか? それで付き合っちゃおうとか」
「ないない。ありえないわよ」
「でも、その人がすごいエリートで、出世街道を邁進するお金持ちなら? お姉さんのこと養うって言ってくれたら?」
「……いや、ないわねー」
一瞬、躊躇うような様子を見せたのが意外だった。
「わたし、この街から出るつもりはないから! エリートの人と結婚するってことは、東京に移り住むってことよね? それか、下手したら海外行っちゃうとかもありえる」
「いいじゃないですか東京。都会ですよ」
「オレも一度行ってみたいな。ここより都会指数上なんだろ?」
都会指数ってなんだろう。
「まあねー。けど、都会って息苦しいじゃない。だからわたしは故郷で過ごしたいのです。程よい都会。日本の真ん中。いいじゃない」
「そうですかー」
愛奈の答えに、遥はどこか釈然としない様子だった。




