13-42.足の感覚
セイバーとしては、ここで決めたかったのだろう。フィアイーターの胴体めがけて大きく切り込む。しかしフィアイーターはなんとか剣で受けることに成功。
しかしこの切り結びで初めて、セイバーの方が押すことができた。多少無理がある体勢で受けたフィアイーターの体が、バーサーカーの方へ数歩押し込まれる。
そしてバーサーカーは電子レンジ機を頭上に掲げていた。
「死にやがれ怪物!」
全力で振り下ろされた電子レンジがフィアイーターの頭に直撃。樹脂製の頭部をほぼ完全に砕いた。同時に電子レンジも大きくひしゃげた。破片があちこちに散らばる。
「フィア……フィァ……」
頭がなくなったのに、なんで声が聞こえるんだろう。死んでないこと自体は別に疑問ではないけれど。
首無しフィギュアのフィアイーターは、混乱したようにヨロヨロと歩きながら剣を振り回す。危ないが、距離を取れば当たることはない。
そして、そんな状態のフィアイーターは、セイバーの相手ではない。
「頭にコアはなかった! ということは胸! 心臓! このムカつく膨らみの中にあるはず!」
「なんか私怨が強いな」
「なんでアニメのキャラって! やたらと胸でかいのかしら! 大嫌い!」
「貧乳のアニメキャラもいるぞ」
「そういうのは好き! なんか親近感湧くっていうか! ううんわたし別に貧乳じゃないけど!」
「そこは否定できないだろ。お前は貧乳だ」
「い、今は小さいかもしれないけど! 将来的には大きくなるもん! 成長期とかで!」
「お前の成長期はもう終わっている」
などと馬鹿馬鹿しい会話を続けながらも、ふたりはしっかり戦っていた。
バーサーカーがリビングの椅子を持ち上げる。四本足のそれで、フィアイーターの剣をうまく絡めとって壁に押しつけ動きを封じた上で、セイバーがムカつくと呼んでいる胸を何度も切り裂く。
フィギュアは鎧を着ているけど、材質は鉄ではないらしい。樹脂製のそれはセイバーの剣で容易に切り裂かれる。一方で剣は樹脂というわけではなく、振り回すことで椅子の足に切れ目ができ始めていて。
「セイバー! 早くしてくれ! 椅子が持たない!」
「見つけた! コア! 喰らえセイバー斬りリターンズ!」
リターンズをつけるのになんの意味があるのだろう。
とにかく、フィギュアの胸にあったコアを見つけて、セイバーは的確にこれを斬った。
途端にフィアイーターは、黒い粒子を空中に発散させながら体を縮めていき、壊れたフィギュアに戻った。頭が完全に砕けて、あちこちに切り傷のある無残な姿。
「よしっ! 勝った! 巨乳が貧乳に挑もうなんて百年早いのよ!」
「自分が貧乳って認めてるじゃねえか」
「それは認めてないけど! てかバーサーカーはなんでそんなに胸大きいの? 田舎の広大な自然で育ったとか、そんなやつ?」
「個人差だよ。あと、うちの田舎そんなに広くはないし。世間という意味では狭かったな」
「けど、家と家の感覚は?」
「……広かった」
「走り回れるような野山は?」
「あった」
「広大な自然ね!」
「うるせえ! 胸の話に関係ないだろ! いや胸の話も今するべきじゃないけど!」
「そうねー。悠馬は無事かしら。上で騒いでないから無事なんでしょうけど」
フィアイーターが死んだ以上は、戦いは終わり。落ち着いた様子のセイバーが、悠馬のことはあまり心配していないのはわかった。
信頼してるんだな。悠馬をなのか、助けに行ったライナーをなのかは、わからない。
わからないけど、セイバーの懐の深さを見せつけられた気がした。胸の大きさで大騒ぎしていたのにな。
――――
「とりゃー! ライナーキック!」
「フィィィィィィ!?」
俺に再度の蹴りを放とうとしていた黒タイツが背後から蹴られて、その体が宙を舞った。
開いている窓の枠を少し歪めながら、黒タイツは外に放り出された。
「見て! 黒タイツが落ちてくる!」
「殺せ」
「うん!」
外からちびっ子たちの声が聞こえた。あの黒タイツは落ちながら殺されたらしい。
「悠馬無事!?」
「あ、ああ。無事だ」
「良かった! あとは任せて!」
まだ数体残っている黒タイツを、ライナーは次々に蹴り殺していった。
ハイキックをすれば黒タイツの首がたやすく折れた。体重を乗せたキックによって、別の黒タイツが壁に押し付けられて、そこに貼られていたポスターごと壁を破壊しながら沈んでいく。
「あはは! やっぱり自分の足が一番やりやすい! 魔法少女って最高!」
楽しげに笑いながら、最後の黒タイツも蹴り殺す。
ああ。気持ちはわかるとも。ちょっと足回りの具合が普段と違っただけで、俺は死にかけた。自分の足じゃないような感覚があった。
義足は、それ以上の違和感があるんだろうな。ボロボロになった部屋の中でガッツポーズを決めるライナーの苦労が、身に沁みてわかった気がした。
「ん? どうしたの悠馬。わたしに惚れちゃった? ピンチに駆けつけるわたしがあまりにも格好良くて好きになっちゃった? もー、そうならそうと言ってくれればいいのに」
俺の視線に気づいたのか、ライナーがこっちに寄ってきた。
「わたしたち付き合ってるんだからさ、恋人なんだからさ。そういうの遠慮しなくてもいいんだよー。助かった! って気持ちのまま、衝動的になってキスとかしても、わたしは全然オッケーです!」
満面の笑みで親指を立てるライナー。いや、何を言ってるんだ。あと近い。目の前に来るな。
「キスはしないから。あと、目撃者がいる前で俺の名前を呼ぶな」
「え? あ」
豚座が、部屋の片隅で頭を抱えていた。ライナーの声がどこまで聞こえているかわからない。




