13-35.ネットに俺の悪口書いてるらしいな
「あの人のお母さんを確認しました。今から監視を開始します」
「そんな気合入れてやるものでもないけどね」
「なんかスパイ映画みたいで格好いいなって」
「気持ちはわかるけど」
樋口から、豚座の母親が外出したと連絡があった時点で、ラフィオとつむぎは外に飛び出した。
あの母親が外に出る理由は買い出し以外にはない。それはこれまでの監視の結果明らかだった。
買い出しなんか、三人家族なら毎日ではなくてもいいだろうけれど。この母親は何かと理由をつけて買い物に行く。
たぶん、誰か知り合いに会えることを期待してのことだろう。買い物よりも、そっちの方がメイン。
話したいのだろうな。自分の気持ちを誰かに知ってもらいたい。
息子はあんなのだし、父も仕事一筋の人間で家庭をあまり顧みないタイプらしい。だからあの人は、近所の知り合いに話し相手を求めた。それが日々の楽しみであり、習慣なんだな。
ラフィオたちも同じく夕飯の買い出しをしながら、母親の様子を監視するという役割を与えられていた。
万一母親が早めに買い物を切り上げて家に戻ろうとした時には足止めをして、悠馬があの男を殴っているところに遭遇するのを阻止するのが仕事だ。
今のところ、その心配はなさそうだけど。知り合いの奥さんを見つけたのか、世間話に花を咲かせている。
「ラフィオ。今夜の晩ごはんはなに?」
「ハンバーグかなあ」
「目玉焼き乗せたやつ食べたい」
「いいよ」
「あ、節分だから恵方巻売ってるね。海鮮のおいしそう」
「買うかい? 一人一本は高いけど」
「んー。ハンバーグに合うかなあ」
「短めの太巻きも、おかずとして作るか」
「うん。そうしよう」
なんて会話をしながら、母親をチラチラと見る。うん、平和だな。
――――
到着した後、バーサーカーは変身を解除して俺の履いていたローファーを預かった。あと制服のブレザーも。このブレザーは覆面男のシンボルみたいなものでもあるし、他人になりすますなら無い方がいい。
カッターシャツ姿は、この時期ちょっと寒いけど仕方がない。
「豚座はいるか?」
「おう。あそこだ。防犯カメラはあれだな」
物陰に隠れながら、奴の姿を確認。アユムは防犯カメラも見つけていた。
一軒家の玄関先から、前の道路に向いているものだ。つまり個人が設置したもので、基本的にはあの家の住人にしか映像は見れない。
警察が暴行事件として捜査する場合は見れるのだろうな。そして事件化した時に公安が介入して素早く確認。これは覆面男ではないと結論づける。
さて、豚座は周囲をせわしなくキョロキョロと見回しながら家の近辺をうろついている。
探せば魔法少女が現れると思ってるのか。
「毎日、行動範囲が少しずつ広がっていってるんじゃねえか?」
「それはありそう」
そしていずれ、あのショッピングセンターあたりにまで足を伸ばし、運命に導かれて魔法少女と出会う未来を夢見ているのだろう。
そんな奴が、カメラに映る範囲に入った。周囲に他に人影はない。
「よし、悠馬行ってこい」
「わかった。すぐに済ませる」
鬼のお面を被って物陰から出る。
ああ。シークレットシューズ履いてると歩きにくいな。つま先立ちみたいな感じになるし、いつもより視界がちょっと高い。
サポーターのせいで少し膝が曲げにくいし、これは歩き方が確かに変わるな。
「よう。また会ったな。お前、ネットに俺の悪口書いてるらしいじゃないか」
安っぽい紙製の鬼のお面で、声はくぐもってしまう。けど声は向こうに届いたらしい。
豚座は立ち止まり、驚愕の表情を浮かべながらこっちを凝視している。体がブルブル震えていた。そして、何も返事をしなかった。
「どうした? 俺が誰かわからないか? まあそうだよな。いつもと違う格好でごめんな。お前が執心してる覆面男だよ」
「あ、え。えっと」
「なあ。お前、俺より強いって書いてたよな。だから自分の方が魔法少女の仲間に相応しいって? 試してみるか? おら、来いよ」
男の目の前で立ち止まって挑発する。彼は相変わらず何も言わない。言えないのかもしれない。けど混乱した奴は拳を握ってファイティングポーズを見せた。
なんの意味もない、素人丸出しの構えだけど構うものか。
「ほら来いよ。俺の腹を狙え。うまく当たれば勝てるぞ。来い。来いよ。さっさと殴ってこい!」
「あ……あああああ!」
甲高い、悲鳴にも似たような掛け声と共に、男は俺に殴りかかってきた。構えを一旦解いて、拳を振り上げて俺にぶつけようとする。さっきのポーズはなんだったんだ。
俺はその拳を難なく受け止め、奴の腕を捻った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! い、痛い!」
だろうな。腕を離してやれば、奴は無事な方の腕で痛むところを抑えて身を縮める。
「隙だらけだ」
つとめて冷静に、静かにいいながら男に肉薄。奴の贅肉で覆われた腹を殴る。くぐもった声が聞こえてうずくまる奴の鼻も軽く殴った。
「あがっ! ううぅ……」
今ので戦意喪失したらしい。地面に膝をついてうめき声をあげる男。
こんな奴に心悩ませられていたというのも、変な話だ。




