13-30.注射器の中身
「うわなんだこれ!? 冷てぇ!? なあ悠馬これやばいやつじゃないよな!?」
液体をかけた勢いのまま突っ込んでくるフィアイーターを横に回避してやり過ごしたバーサーカーは、混乱したように尋ねてきた。
そんなこと訊かれても、俺に答えられる質問じゃない。注射器の中身が何かなんて知るはずがない。
無色で無臭なのは間違いないな。無味なのかはわからない。
とにかくバーサーカーは俺と一緒に走って物陰に隠れる。
「やばいやつって、例えば何を心配してるんだ?」
「なんかほら! 服だけ溶かすやつとか!」
「そんな変なものあってたまるか! 心配するとしても、もっと別なものだろ。毒とか」
「服だけ溶かす?」
「なんでその発想しかないんだよ」
使い慣れたスマホで変なもの検索しすぎたかな。チャイルドロックかけとくべきだろうか。
とにかく、バーサーカーは元気そうだった。あの注射器の中身が、そんな変なものではないことは確かだ。そもそも注射っていうのは、人を治すためにやるものだ。そんな変なものが入ってるはずがない。
「フィァァァァァァ」
「ほらバーサーカー。敵をさっさと倒せ。服だけ溶かす毒が入ってたとしても、フィアイーター倒せば効果は消えるだろ」
「そ、そうだな! よっしゃやるか!」
「セイバー斬り!」
「お?」
バーサーカーが出ようとする前に、別の魔法少女が駆けつけたらしい。
セイバーがフィアイーターの後ろから斬りかかる。剣がプラスチックにぶつかる音。さすがに一撃で敵の体を両断はできなかったけど、フィアイーターは大きく前につんのめった。
「ビールの恨み! あんたさっさと倒れなさいよ! 早く帰ってビール飲みたいんだから!」
「フイアッ!? フィ! フィアァァァ!」
「うわ! 予防接種のワクチン!? そんな体にいいものいらないわよ! そういうのは赤ちゃんとかに打つものなの!」
セイバーは注射器の中身に心当たりがあるらしい。注射器の側面に貼られているラベルから類推できるとかだろうな。さすが社会人知識がある。フィアイーターに中身をぶっかけられても平然としてる。
「そ、そうだよな! 注射の中ってワクチンとかに決まってるよな! よっしゃ行くぜ! うおおおおおおおお!」
元気になったバーサーカーが改めて出ていって、セイバーの方を向いていたフィアイーターに掴みかかる。
透明な腕を両手で掴んで引っ張り、バランスを崩させて床に組み伏せる。そしてセイバーの斬撃によって傷つき白く濁った箇所に手刀を叩きつけた。
力まかせのそれにより、注射器の一部が割れる。同時にワクチンの液が吹き出たけど、バーサーカーはお構いなしで。
「こいつ! 余計な心配かけさせやがって! この! この!」
「フィアッ!?」
割れた箇所に指を突っ込み、傷を広げていくバーサーカー。手足をバタつかせて抵抗を試みるけど。
「本当にいた! 早く倒してラフィオの上に戻るんだから!」
なぜかラフィオに乗ってないハンターが駆けつけて矢を射る。フィアイーターの手足もセイバーの剣によって傷がついて脆くなってる箇所があり、ハンターはそこを的確に射抜いて抵抗力を削いでいく。
そしてバーサーカーによりフィアイーターの胴体が大きく割れて、コアが露出して。
「よっしゃセイバーやれ!」
「なんであんたが指示してんのよ! いいけど! セイバー突き!」
殴るには少し怖いギザギザの穴に、セイバーが剣を突きつける。コアが砕けて、フィアイーターは黒い粒子を発散させながら小さな注射器に戻っていく。
「うわっー!?」
フィアイーターの上に乗っていたバーサーカーは、それが無くなってバランスを崩しながら床に倒れてしまった。
「あー。最悪。なんか変なワクチンぶっかけられるし、敵を倒した後に転ぶし。あと服も溶けるし」
「溶けてないだろ。あと早く立ち上がれ」
「なんでだよ。頑張ったんだから、もう少し寝かせてくれ」
「倒れた時にスカートめくれて、俺はお前に目を向けることができない」
「うおっ!?」
慌てて起き上がったバーサーカーがスカートを押さえる。こいつはまったく。
「おや。戦いは終わったみたいだね」
「ラフィオー! モフモフさせて!」
「後でね」
「わーい! モフモフー!」
「君は本当に話が通じないなあ」
大きなラフィオがゆっくり歩いてきて、ハンターはすかさず乗り込んで抱きついた。
平和な良い光景だと思う。
「悠馬。遥は外に連れ出したよ。家族と一緒にいる」
「そうか。ありがとう。俺たち、アユムが怪我したって言い訳ではぐれたんだよな」
「外の人たちに、怪物は倒したって伝えておくよ。人が戻ってくるだろうから、君たちはどこかに隠れてやり過ごしたった言っておけばいい」
「そうだな。バーサーカー、変身を解いて掃除道具置き場とかの中に行くぞ」
「おう」
「悠馬ー! どうせこの後暇よね? 一緒に帰らない? わたしもう仕事終わったから、この後飲みに行こうかなーって思ってて! せっかくだからお店でうまいビール飲みたい!」
「俺は遥と合流して、ご家族を安心させなきゃいけない。あと食事に誘われてるんだ。行かないと」
「うわー! 行かないで! じゃないとわたし、ラフィオとつむぎちゃんを連れて居酒屋行かなきゃいけないの!」
小学生ふたり連れて居酒屋に行くな。ひとりでベロベロになるまで飲んで、小学生に連れられて帰る駄目な大人になりかねない。既に駄目な大人ではあるけど。
「僕は夕飯作る途中だったんだ。僕たちは家で食べるよ。居酒屋行きたいならひとりで行ってくれ」
「待って! ラフィオ置いていかないで! ラフィオの作るご飯大好き! 家で飲みます!」
どこまでも情けない声をあげながら、セイバーはラフィオの上に乗った。




