13-21.歪んだ願望
そんな遥の姿は微笑ましくて、樋口も少し口元が緩んでいて。
「仲がいいのは素晴らしいわ。……豚座も、こういう友達がいたら運命が変わってたのかもね」
「そういうものかな」
「まあ、そうやって鍋を取り分けてくれる女の子がいたら、女はそういうものって増長して、あの性格がさらに歪むかもしれないけど。というか悠馬。あなたは人間関係としては、豚座にとって理想的なものを持ってる」
「そうか? そうかもな」
女に囲まれてはいる。
よその家の子なのに家に住み着いて世話してくれる遥とか、引きこもりの癖に彼女はほしいと思ってる男には理想的な女だろう。
「ま、あの男の理想が叶うことはないわ」
「女を作るっていう理想?」
「そうね。正確には、魔法少女を彼女にしたい」
「ありえないわね」
「うん。ありえないね」
「ないよねー。わたしもう彼氏いるし」
「ないな」
魔法少女四人が一斉に拒絶の意思を見せた。当たり前だな。
けど、魔法少女が何者か知らない人たちにとっては、魔法少女全員が誰かしら男に好意を向けてるなど知らないわけで。
「魔法少女たちはみんな純粋で男の影がないと思ってるのよ」
「男の味方がいるのに?」
「覆面被ってるし、あんまり意識してないのかもね」
「ありえるのかそんなこと」
「あの男の中ではそうなのよ。そして魔法少女に彼氏がいないなら、自分がなれるはずって思ってた」
「アイドルのガチ恋勢みたいだねー」
「似たものね。もちろん会いに行ける相手じゃないから、付き合うなんか妄想の域に留まっている。けど、病院からセイバーが出てきたという目撃情報を知ってしまった。そこで彼の中でスイッチが入ったのね」
「手がかりが見つかった。探せば会えるかも、かー。あー。ほんと、ちょっと油断しただけでこんなことになるなんて」
「目撃者はそんなに邪な考えを持ってるわけじゃなかった。目撃者の証言を見て、突飛な行動を起こすあの男が悪いのは変わらないわ」
「樋口さん優しい!」
「それはそうとして、あんたの馬鹿で面倒が起こったこと自体は反省しなさい」
「わーん。樋口さんに馬鹿って言われたー!」
酒が回ってきたのか、愛奈の感情の振れ幅も普段より大きくなってる。樋口も口調に遠慮がない。
「あの男、最終的に魔法少女と結婚する気でいたのよ」
「ひえー!? あのデブと!? 勘弁してよ!」
「まあね。ちゃんと伝えておいたわ。魔法少女にはそれぞれ好きな男がいるから、あなたの出る幕はないって」
「それが実の弟とは伝えましたか?」
「言うわけないでしょ。特定に繋がりかねないことなんだから。必要最低限のことでいいのよ。実際あの男、茫然としてたから」
「夢破れたって感じですね。最初から無謀な夢だったのに」
「これでストーカー行為はやめてくれるといいんだけどね。ちゃんと警察からも厳重注意して、魔法少女には二度と関わるなと言っておいたわ。……その後実家に送って、両親にも事情を説明した。魔法少女の周辺を嗅ぎまわって迷惑をかけていたと。両親とも恐縮しきりで。母親なんて泣いて謝ってたわ。不出来な息子が申し訳ないって。人様に迷惑かけるような真似だけはしてほしくなかったのにって」
地獄のような光景だな。
けどこれで、あの男は両親からの監視も厳しくなるだろう。下手に動けなくなり、この案件は解決。そう願いたかった。
樋口はどうやら、終わりかどうか判断はつかないって顔だけど。
「あの手の思い込みの強い人間は、怒られておとなしくなることはあまりないわ。馬鹿にされたと思って反発する。臆病者だから、人目のあるところでは動かないでしょうけど」
「また、いらないことをする?」
「かもね。本当に反省して、もうなにもしないって可能性もあるけどね。しばらく警察でも様子を見るし、両親も注意してるはずだけど、あなたたちも当分の間は気をつけなさい」
「気をつけるって言っても、どうすればいいのよ」
「接触を避けるの。あの男、こことは割と近い場所に住んでるのよ。見かけたら、気づかない振りして離れなさい」
「え。近い場所?」
「ええ。ここ」
樋口がタブレットを見せた。確かにこのマンションから徒歩圏内ではある。歩いて十五分くらいかな。
「この前スーパーにいたおばさん、あの人のお母さんだったのかな」
「そうだな。たぶんそうだ」
ちびっ子たちがなにか話してる。同じスーパーを利用する圏内といえば、確かに近所と言えるな。
「あなたたちの正体は知られてないにしても、高校生たちは病院ですれ違ってる」
「実は僕たちも昨日、あの男の近くにいた。お菓子売り場で。姿を見られてるかもね」
「そうなの。いずれも、魔法少女が目撃されたか、されたかもしれない場所よ。思い込みの激しい人だから、再び見かけた際に、あなたたちを魔法少女に紐付けて関係者と断定するかも」
思い込みで、奇跡的に正解を当ててしまうこともありえるからな。
「そうなったら付きまとわれる。だから気をつけなさい」
「そうねー。顔を見られてるあんたたち、気をつけるのよー」
唯一、素顔での接触がない愛奈は気楽そうだ。こいつが見られたのが始まりなのに。
「そういうこと。相変わらず用心は続けなさいな。わたしも公安として男の監視は続けるから、あなたたちも気をつけなさい」
「はーい。よろしくお願いしますね樋口さん! 公安の仕事ぶりに乾杯!」
「はいはい。乾杯」
どこまでもノリが軽い愛奈に付き合いながら、樋口はコップを軽くぶつけて中身を飲む。言うべきことを言い切ったからか、飲む勢いは増していた。




