13-15.魚のフィアイーター
ラフィオがちらりと後ろを向くと、さっきの中年男はなぜか逃げようとせずに、しかし大きな体のせいで避難者たちに押されて流されてるのが見えた。なんなんだ、あいつは。
つむぎはそこからさらに走って、周りに人の目がいない所にたどり着いた時点で、頭の髪留めに指を触れながら変身した。ラフィオもまた、鮮魚コーナーにいるフィアイーターと黒タイツたちを確認。巨大化して接近する。
フィアイーターは、魚が変化したものらしい。切り身ではなく、魚一本丸ごと売られているやつにコアが入れられた。
アジかな。小さいはずの魚が巨大化して、体長が大人の身長くらいになっている。そんなアジが横向き、あるいは海で泳ぐ時の体勢になっていた。
もちろんそれでは動けないから、体の側面から銀色に光る手足が生えている。光ってるのは鱗だろうか。
気味が悪い姿だなあ。魚が足で歩こうとするな。
逃げ遅れた買い物客を黒タイツが襲っていた。ラフィオはそこに飛びかかり、壁に黒タイツをぶつけて背骨を折って殺す。
「逃げろ!」
客に呼びかけてから、敵を睨み。
「ハンター、避難者の進路確保が優先だ!」
「うん! 後でモフモフしていい!?」
「後でな!」
なんて緊張感のない。
それでもハンターは陳列棚の上に陣取って、下の黒タイツどもを次々に射抜いて殺していく。
逃げ遅れた買い物客は他にも数人いて、黒タイツたちに暴行されていた。ラフィオはそこに突っ込んでいき救出。口で服を加えて助け起こしながら逃げるよう促す。
「フィァァァァァァ!」
「うるさい! そんなに強そうじゃないくせに自己主張するな!」
「フィアッ!? フィアアァァアアァァァァァ!!」
ラフィオに一喝されたフィアイーターは驚いた様子を見せつつ、告げられた評価に怒ったようだ。ひとりで突進してきた。
海の中を泳ぐなら、もう少し素早いのだろうな。しかし床の上を体の側面から生えている足でドタドタ走るのは慣れていないようで、あまり機敏な動きとは言えなかった。
真正面から対峙しつつ、こちらを捕まえようとするフィアイーターの腕を小さくなることで回避。そのまま床を駆けてフィアイーターの股をくぐり抜けて後ろに回ると、再度巨大化して奴に後ろから飛びかかり押し倒す。
床に組み伏せるようにすれば、フィアイーターは逃れようと手足をバタつかせる。ラフィオは魚の生臭さと鱗の感触で少し嫌な気分になった。
このまま魚に生でかじりついて、中のコアを露出させるべきかな。全然気が乗らないけれど。なんでそんな、醤油も無しに生魚を食わなきゃいけないんだ。アジならフライとか他にも調理法あるだろ。
そんな葛藤も一瞬だけ。ラフィオは魚の頭部に向けて大口を開けて。
同時に、こっちに足音が向かってきているのに気づいた。
黒タイツが主人を守ろうとしているのか、それとも味方が誰か駆けつけてきて加勢してくれるのかのどちらかだろう。
と思ったけど、違った。
さっきの小太りの男が、拳を振り上げて駆け寄ってきていた。このフィアイーターと比べても遜色のない、走り慣れてないフォーム。まんまると太った顔に必死の形相を浮かべて、こっちに突進してくる。
いや、なんなんだ。
呆気にとられるラフィオの前で、迫る男に黒タイツが数体襲いかかった。容赦なしの悪意を前に男はビビった様子を見せたが、勢いと体重差によって正面からぶつかった黒タイツの一体を弾き飛ばすことに成功。
しかしそれで自身も勢いが削がれて、別の黒タイツにぶつかられて転倒。周りの黒タイツが数人群がり、殴る蹴るの容赦ない暴行を始めた。
「ハンター!」
「うん! わかってるけど! こっちも大変なの!」
「ああもう! 自分の身を優先しろ!」
「ラフィオに飛び乗っていい!?」
「いい!」
「やったー! モフモフー!」
「遊んでる場合か!?」
背の高い棚の上に陣取って下の黒タイツを一方的に殺していたハンターだけど、敵も黙ってやられるわけにはいかず。棚を揺らしてハンターを落とそうとした。
だからハンターは自分のすぐ下にいる黒タイツへの攻撃に専念するしかない。謎の闖入者に構ってる暇はなかった。
棚から落とされそうなら、その拠点は放棄するしかない。次に飛び移る場所に、ハンターが迷わずラフィオの背中を選ぶことは容易に想像できる。
そしてラフィオ自身はといえば、せっかく組み伏せたフィアイーターよりも、謎の男の救出を優先した。はた迷惑な奴だけど、さすがに死なれると後味が悪い。
ラフィオの上に乗ったハンターが、男を袋叩きにしている黒タイツの一体を射抜く。首を射られた奴は崩れ落ちながら消滅していく。中年男の包囲網に穴が空いた所に、ラフィオはそこへ迷いなく突っ込んだ。
男に覆いかぶさるように立ち、周りの黒タイツに頭突きや体当たりや蹴りを食らわせて、なんとか遠ざけようとする。
一方で、解放されたフィアイーターがゆっくり起き上がるのが気配と息遣いでわかった。背後から襲われたくない。けど、周りの黒タイツを全員殺すことを優先しないと……。
「おらっ! デカい魚! 死ね!」
「フィアッ!?」
バーサーカーの粗暴な叫びと、フィアイーターが驚く声が聞こえた。さらに、こっちを囲む黒タイツの一体がライナーの膝蹴りでぶっ飛ばされた。
良かった。味方が来てくれた。




