13-10.守ってやる
樋口も、それはよくわかっていて。
「彼氏かどうかは別として、あなたたちはまだ未熟な未成年者。魔法少女じゃなければ無力な少女だと自覚を持ってね。不審者には絶対に近づいちゃいけないし、自衛しなさい。そして彼氏は彼女を守りなさい」
俺とラフィオを見つめながら言う。
「わかっているとも。つむぎに何かあれば守るよ。というか、ずっとそのつもりだったさ」
「わー。ラフィオ格好いい! ねえ。つまり明日からずっと、ラフィオ学校まで連れて行っていいってことだよね!? 外でずっと一緒ってことだよね!?」
「そういうことだけど! くっつくな! おい! 首元くすぐろうとするな!」
ちびっ子たちは元気だなあ。
「それでー? 悠馬はどうなのかなー? 彼女を守ってくれるかなむぎゅっ」
ニコニコと笑顔を向けながら擦り寄ってくる遥の頬に手を当て、腕を伸ばして遠ざける。ウザい。
「守ってやるよ。アユムと一緒にな」
「お? オレもなのか?」
「当然だろ」
「んー。まあいいか。悠馬が仲のいい女の子を守らないような男の子だったら、好きになってないし。彼女としては独占したいから複雑だけど」
だから別に付き合ってるわけではない。そう訂正しようとしたけど、遥が聞くとも思わないから結局口をつぐんだ。
すると遥はそのまま続けて。
「じゃあ頼りにしてるね! あの男が本当に魔法少女の聖地巡礼するなら、ほぼ確実に学校で会うことになるからね!」
「……あ」
確かにそうだ。
俺が不用意にも制服姿で覆面男として戦うことが数度。あっという間に覆面男の通う学校は世間に知られてしまった。魔法少女もそこに通っているのではと、人々は噂しているらしい。
さすがに今は、学校に押し寄せるマスコミもいない。先生も警備を強化している。けど、あの男が押し寄せる危険はあった。
「しかも、わたしたちは病院で、あの男と近づいてるしね。前を走り去られただけだけど、制服姿だしわたしは車椅子で目立ってる」
「そうだな。あの男は、姉ちゃんが目撃された病院がどこか知らないわけで」
「そう。今日の病院って思ってるかもしれない。そして、聖地である学校でわたしたちをまた目撃してしまった。これは偶然じゃないかもしれない。お前たちが魔法少女かー! ……みたいな感じで声を掛けられるとか」
「ありそう。ていうか、絶対にそうなる」
「守ってね」
「守るけど。俺には荷が重い……何かあったら先生に来てもらおう」
幸いにして、学校はそういうことへの対応は迅速にしてくれる。
「まったく。思ってたより大変ね。明日の朝、わたしも現地で見守るわ。あと、所轄の警察署にお願いして時間帯に制服警官のパトロールをさせる」
「ありがたい」
それが一番な気がする。もちろん、遥やアユムに手を出そうとする奴が出れば、いざとなれば俺は戦うけど。こういうのは素直に権力に任せた方がうまくいくものだ。
「悠馬の頼れる所、見たかったんだけどなー」
「オレも。悠馬に守られたい気持ちはある」
「お前らは……」
「ねえ悠馬ー。お姉ちゃんも悠馬に守ってほしいなー。わたしだけ、普段はひとり行動とか寂しくない?」
「姉ちゃんは自衛でなんとかしろ」
「やだー! わたしも悠馬と一緒に高校行きたい」
「いや、なんでだよ」
「守ってもらうため。制服着たら、わたしもまだ高校生になれると思うのよ」
「やめろ。無理がある。姉ちゃんが不審者として連行されるのは見たくない。ほら、酒飲んだなら風呂に入って寝ろ」
「やだー! まだ飲むもん!」
「あなたたち、本当に危機感がないのよね……」
樋口が、また呆れた様子で静かに言った。
けど、それでいいと俺は思っていた。
確かに、謎の男の動向は心配ではある。けど、こちらも対策はしてるんだ。やれることはやったなら、あとは呑気に日常を過ごせばいい。
変な男にビビって、日々の楽しさを逃すような真似はしたくなかった。
――――
病院で警備員に睨みつけられ、男は逃げるように病院を出た。
そのまま電車に乗って家まで帰る。妙に嬉しそうな母親に出迎えられるけど、生返事で部屋に戻った。
電車に乗るなんて何年ぶりだっただろうか。外に出ること自体が殆どない。時々母親に連れられて散髪しに行くくらいだった。
けど、俺は意外に外に出られた。電車だってひとりで乗れた。
たったそれだけのことだけど、男は自分が大きくなった気がした。そう。己の目的のために必要なことを遂行できる。鬼だと。
なのに病院の連中はどこに行っても、こちらには非協力的だ。確かに魔法少女が入院した病院はひとつだけで、他の病院は無関係だ。
しかし、だったらうちに魔法少女はいないと言えばいいのに。なぜかどこも、部外者には患者の情報は教えられないの一点張りだ。そして最終的には警備員を呼ぶ。なんなんだあいつらは。何を隠している?
市内の病院は、魔法少女の存在を秘匿するために全て結託しているというのか?
男は、これまではまっていたアイドルと、最近はまって収集を始めた魔法少女のグッズに囲まれた部屋を見る。
魔法少女のグッズとは、タペストリーやポスターやアクリルスタンドなど。もちろんすべて、魔法少女たちに無許可で作られたものだ。
熱心なファンが写真や動画の切り抜きから、こういうものを作って販売する。あるいは腕に覚えのあるイラストレーターが魔法少女たちをアニメ調の絵にして、それをグッズにしたりする。
イラストレーターたちは応援の意味で描いて、対価など求めずにネットに上げることが殆どだけど、それを勝手にグッズにして売り出す者がいる。
そして男は、悪いと知りながらもそれらグッズを買ってた。無職だから、親の金で。
悪ことだけど、魔法少女が経済効果を生み出すなら本人たちも喜ぶはずだ。自分たちの人気を表しているわけだし、戦い以外にも人の役に立っているのだから。
そしてこっちも、魔法少女のグッズを買えて嬉しい。お互いに利のある行為なんだ。
彼は部屋に置かれたグッズを見ながら、自分にそう言い聞かせていた。




