13-3.仮の義足
「先生! お久しぶりです!」
中年の女の医師の姿を見つけて、遥は親しげに声をかけながら車椅子を自分で動かして近づいていく。
リハビリテーション専門の医師らしい。怪我が治りかけた際に、しばらくは義足にしないという遥の意思を尊重して、車椅子と松葉杖の使い方をレクチャーした、立派な医師。
白衣ではなかったから、本当に医者なのか俺は迷ったけど、リハビリテーションの医師はそういうものらしい。色々あるんだなあ。
「わたしが松葉杖でキッチンに立てるのも、先生のおかげなんだよー」
この人を本気で信頼しているのが伝わる言い方だ。
さて。義足を作る前に、どんな義足が欲しいのかを医師に伝えなきゃいけない。そこから、製作者である義肢装具士に注文が行って製作に入るわけだ。
「わたし、自分がどういう障害かを周りにわかって欲しいって気持ちは今もあるんですよ」
前から言っていたことを繰り返しながら、短めにしている制服のスカートから伸びる左足をヒョコヒョコと動かす。
その方が、手助けしてもらえることが多いから。車椅子で生きる遥のスタンスだ。
「義足になっても、膝がない以上は車椅子の移動の方がスムーズだと思いますし、これからもこれは使います。松葉杖は使う頻度減るでしょうけど」
だから、車椅子移動で誰かに助けて貰う場面はこれからもあるはずで、だから遥の義足は。
「一目で義足だとわかるやつがいいかな。あと、格好いいの!」
「ええ。格好いいのね」
遥の性格をよくわかっているらしい医師は、その言葉をそのまま受け取った。
その後、遥の体のサイズを計測する。切れた足の先端のサイズによってソケット部分を作らなきゃいけないし、身長やもう片方の足の長さによっても仕様が変わってくる。
椅子に座ったままの遥に、医師が手早くメジャーを当てて計測。写真も何枚か撮影した。
「じゃあ、実際に義足をつけて歩いてみましょうか」
医師がそう言ってから、病院で保有しているらしいトレーニング用の義足を持ってきた。遥の足のサイズに近いものらしい。
「おおー。これが義足。オレ、初めて見た」
「俺もだ。テレビだとたまに出てくるけど」
「おう。テレビの向こうのアイテムだよな。本当にあるんだな」
俺とアユムとで勝手に盛り上がる。珍しさもあって釘付けだ。
膝の所が曲がるようになっている。膝継手というらしい。そこから足首までは細い金属の棒で構成されている。足首の所にも関節を模した曲がる機構があり、先端は足と同じように地面との接着面が広く作られている。
「ふたりとも。あんまりジロジロ見ないで。わたしが今からつけるんだから」
「あ、悪い」
遥が座ったまま足を少し開いて、足をソケットにはめようとする遥。初めてのことだし、遥用に作られたものじゃないから悪戦苦闘している。そのせいでスカートの中が見えかけたのもあって、俺は慌てて目を逸した。たぶんアユムもだ。
「なんかあれだな。オレたちも義足の人間と一緒に暮らすために、なんか工夫する必要とか、なんかあるのかな」
「なんかが多い。別に意識することもないだろ。遥は大抵のこと自分でできるんだから。松葉杖よりもやりやすくなって、俺たちが手伝うことは少なくなるはず」
「た、確かに……遥もこうやって、自立していくんだな」
「ふたりとも、何を話し合ってるのかな?」
装着が出来たらしい遥に声をかけられて、俺とアユムは揃って向き直る。
座っている遥の足がメカっぽくなっていた。
「実際に作られる義足も似たようなデザインになるよ。新しい分、ちょっと格好いいかもしれないけど。どう? 似合う?」
「俺にファッションのことを訊くな」
「オレも同じく。都会のファッションは今もわからない」
「ファッションでも都会でもないってばー!」
わかってる。似合うかってワードに、咄嗟に返しただけだ。
義足が似合うかなんて、俺にわかるはずもない。似合わないって言うのは論外だけど。
「そうだな。見慣れない姿ってのはある。けど、ありだと思うぞ」
「ああ。オレも、義足の人ってあんまりよく見たことないからな。珍しさが勝つ。いつか見慣れるだろうけど」
「でも遥だから、こういうのも着こなせるんじゃないか? 義足に合った服装とか考えられそうだ」
「遥はそういうの得意だからな。センスがいい」
「そ、そう? そっかー。センスがいいかー。うん、確かに。いきなり義足にすると、そりゃ違和感あるよね。それを軽減させるのが、わたしの腕の見せ所か。うん、おしゃれを頑張ろう」
いや、頑張るべきは他にもあるだろ。
「じゃあ遥ちゃん、車椅子に移って、少し移動しましょう」
「え、歩いて移動じゃないんですか、先生」
「気が早いわよ」
「そのままじゃ歩くどころか立つのも難しそうだからな。ほら、車椅子押してやるよ」
「うん……」
移動した先には、テレビでリハビリする場面とかで見覚えがある部屋があった。
腰の高さぐらいで床に水平に伸びている二本の棒。あるいは手すり。それを掴みながら歩く練習をするやつだ。
「おい悠馬! テレビで見たやつだ! 本当にあるんだな」
「ああ。そうだな」
アユムが興奮している。俺も同じこと考えていたわけで、人のことは言えない。
よくよく考えたら、現実にある施設だからテレビに出てくるわけで。
「あー。またこれかー。松葉杖使うってなった時にも、ここで練習したなー」
遥は見慣れてるから落ち着いている。




