12-44.セイバーと酒井
「こんにちは。こんな姿でごめんなさいね。魔法少女シャイニーセイバー。その正体は、双里愛奈です。こんな形で会うなんてね」
「あ……あ。そ、その節はどうも、申し訳ございませんでした!」
セイバーを見て深々と頭を下げる和寿。セイバーの手に、人を一瞬で殺せそうな剣があることも無関係ではないだろう。緊迫した空気が流れた。
俺は、そんな心配はいらないとわかってるんだけど。
「そうね。ずっと謝りたかったのよね。いいわ。許さないけど、謝罪は受け入れる。この様子じゃ、悠馬だってあなたのこと、殺したいほど憎んでるわけじゃないんでしょ?」
「正直言うと、よくわからない。なにかの拍子で殺したいって思うことはあるかも」
セイバーがこちらを向いたから、素直な気持ちを伝えた。
「そう。それでも別にいいけれど。でも悠馬のことだから実行しないでしょ」
「ああ。きっとな」
「それでいいのよ。酒井さん。家族と幸せにね。家族はいる内に愛してあげなさい。それから、子供たちの夢を叶えてあげてね。わたしの死んだ弟は、将来は海の」
「姉ちゃんそれは、さっき俺が話した」
「うえぇっ!? そうなの!? あー。えっと。うん……そうなのね」
既に相手が知ってる話を得意げに教えようとした馬鹿みたいな女。自分のことをそう捉えてしまったらしい。愛奈はごほんとわざとらしく咳払いした。
「まあいいわ。わたしが言いたいこと、優秀な弟が全部言ってくれたみたいだから。わたしから言う事はなにもない。……幸せになりなさい」
「は、はい!」
そして和寿はまた頭を下げた。自分の足で外に出ていき、警官たちに話しかけて保護してもらっていた。
「ほら。あなたも病院行くわよ。ほらこっち」
「うー。行かなきゃいけないのはわかってますけどー」
「裏口から出て、魔法少女の誰かに背負ってもらって病室に戻りなさい。傷口が開いてることについては、わたしから病院に言い訳しておくから」
「うへー。その説明は面倒そうだからやってくれるのは嬉しいんですけど。入院はしなきゃいけないんですねー」
「当たり前でしょ。嫌ならおとなしくしてなさい」
「やだー。お酒飲みたい。お仕事休めるのはいいけど! いいんだけど!」
「ライナー、運んであげて。後で病院の裏手でみんなと合流しなさい」
「わたしですかー? このお姉さんを運ぶとかものすごく面倒なんですけど……わかりましたやります。わたしが適任なんですよね」
「ええ。足が早いから。あなたはセイバーより素直でいいわね」
「ですよね! では行ってきます! 悠馬も後でね!」
「待って! わたしも別に素直じゃないわけでは! てか素直です! 思ったことは全部口にします! うわー!」
ライナーに雑に担がれて、病院へ戻っていくセイバー。たしかに俺の姉は素直な性格をしている。素直すぎて面倒くさいだけだ。
俺たちも警察署から抜け出した。変身を解除して、人気を避けながら病院へと向かっていく。
愛奈の傷口が開いたとはいえ、治癒途中だったことは確か。入院当初と比べるとマシな状態で、数日で退院できる見込みとのことだった。
もちろんその数日間は禁酒だ。俺は毎日見舞いに行ってるけど、愛奈は毎日うるさかった。
うるさい方がいいとも、少し思ってはいた。家にいても愛奈がいない日々を寂しいと思うのも事実。
「酒井一家は東京に引っ越すことになったわ」
戦いから二日後。愛奈不在の家に樋口がやってきた。もちろん酒を持って。
愛奈よりずっと上品な飲み方をする樋口が淡々と語る。
「彼らは反省しているし、再び悪事に手を染める様子もない。しばらくは警視庁の公安が監視するけど、やがて普通の生活に戻れるでしょう。……模布市から離れれば、キエラは手を出せないし」
魔力のない模布市の外側にもキエラは行けることだろう。けどティアラは行動に制限がつくし、魔法が使えないならフィアイーターが作れないし穴による移動もできない。
そもそも東京にいる人間を探すこともできないだろう。
なんで東京なのかと言えば、樋口の本来の職場だからだ。警視庁の公安というのも、樋口の同僚なんだろう。
「酒井和寿には警察の手引で、東京の義肢製造会社に就職させたわ。そこで真面目に働くなら、それでいい」
「ああ。子供たちは転校することになるんだよな?」
「そうね。変な時期の急な転校だから、かなり戸惑うでしょうね。けど子供は柔軟なものよ。環境の変化もすぐに受け入れる。公安も見守ってるから、そこは安心しなさい。……そこには少年野球チームもあるわ。そこで鍛えてプロを目指してもらいましょう」
「それは良かった」
本当に。
――――
キエラたちは、あの男の気配を完全に見失ってしまった。街中どこを探しても見つからない。
いなくなってしまったんだろう。違う街とかに。
「キエラ、どうするの? これとかはまりそうだけど」
「ええ。足にははめられるわね。そこから先は長さを調整しなきゃだけど。ただの棒だし、難しいわね」
酒井の残した作りかけの義肢の中から、キエラに使えそうなのを探しては試していく。
ソケット部分で、サイズがぴったりなのはあった。けど、そこから先はキエラたちは素人。
「微調整しながら棒を削っていくしかないね」
「多少長さが違っても、なんとかなるわよ」
獣の姿のキエラが、長さの合わない義足をつけて歩こうとしていた。ティアラは慌ててこれを止める。
「駄目だよ。長さが合わないものを使ったら、体が無理やりそれに合わせるようになるって。骨盤が曲がるとかで良くないって、あの人言ってたでしょ?」
「そうなの? よく聞いてなかったから、覚えてないわ」
「もう。キエラってば……ゆっくり調整していこ? 本当にわからなくなったら、他の専門家に聞きましょう」
「そうね! ティアラの言うとおりね! あはは! あはははは!」
何がおかしいのだろう。キエラは獣のまま、エデルード世界の草原に寝転がって大笑いした。
たぶん、なにもおかしくはない。ただ元気を振り絞りたいだけだ。
あの魔法少女たちに負け続けているのが怖いのだろう。あの覆面男を始めとして、奴らは本気でこっちを殺しにかかっている。最近は、それを隠そうともしなくなった。
キエラが、それに足るだけの悪事を働いたからだ。人の幸せを奪いすぎた。キエラ自身はそんなこと、気にもかけてないだろう。
故に、なぜかわからないけれど恐ろしい殺意を向けられてるという状態に陥っている。殺意は理解しているけど、原因はわからない。
キエラはそれが怖いんだ。だけど原因を考えようともしないから、笑うしかない。自分は余裕だと周りに言い聞かせるしかない。
そういう子なんだな。わたしの友達は。
けど、キエラのやり方は成果を上げてもいる。
ティアラは宙に浮かぶメインコアを見た。恐怖は確実に集まっていた。




