12-41.自分に自信がない
力が抜けて倒れかけたセイバーの体を、樋口が咄嗟に受け止める。
「セイバー! 大丈夫ですか!? すぐ病院に!」
「ハンター! お前はフィアイーターのコアを砕け!」
「あ! うん!」
そうだ。セイバーがこんなになってまでした仕事を無駄にはできない。
もがくフィアイーターから離れたハンターは、弓を構えながらラフィオの上に飛び乗り、それを足場にしてさらに一段高く跳躍して下を見下ろす。
フィアイーターの胴体部分にコアを見つけた彼女は、これを弓で正確に居抜き、そして着地した。
「あー。よかった。倒したのね。樋口さん、あなたは酒井の家族の保護に向かって。わたしはひとりで病院戻るから」
「無茶言わないの。ほら、連れて行ってあげる。他のみんなは警察署内にいるはずのキエラたちを探して追い払って」
フィアイーターが死んだ今、黒タイツたちも消えたはず。キエラもそれに気づいて、さっさと撤退してくれたらいいのだけど。
奴らの目的も酒井和寿だ。そう簡単に諦めるとは思えない。
とはいえ、まずはセイバーを病院まで連れて行くことだ。これは自分にしか出来ない仕事だと、樋口はよくわかっていた。
「ほら。肩を貸してあげるから。歩ける?」
「なんとかね……」
「必要だったら背負うとか抱えるとかできるけど」
「ふっ。わたし、お姫様抱っこは悠馬以外にはされないって決めてるの」
「案外余裕そうね」
血が止まらないのは事実だけど。命に関わることではなさそうだ。
――――
先行したラフィオたちから遅れて出発した俺たちだけど、幸いにしてライナーはとても足が早い。追いつくことはできなくても、さほど遅れてはない時間にやってこれたのだと思う。
警察署の前には、戦えない人員たちが避難していたのか集まっていた。その中に酒井一家の姿は無いように見える。
ライナーと、それに背負われた俺が警察署の正面入口に降り立てば、小規模な歓声が上がった。先にラフィオたちが来た際は、もっと盛り上がったのかもな。
それに応える暇もなく、俺たちは署内に入る。
「フィー!」
「おっと」
すると突然、黒タイツが突進してきた。ライナーの背中から降りた俺は姿勢を低くして、こちらからも突進。黒タイツの腰のあたりに組み付いて動きを止めた。
直後にライナーの回し蹴りが炸裂。黒タイツの首を折った。
「黒タイツ一体だけ? そんなことある?」
「敵の狙いは酒井だ。この建物のどこかにいるはずだから、散らばって探してるんだ。ライナー、いつもみたいに建物の中を走り回って」
「ううん。今回は悠馬と一緒にいる。あの家族と鉢合わせしたとして、悠馬は暴れない自信がある?」
「……ない」
あの家族に、また暴行を加えたいわけじゃない。けど、自分のことに自信がないのも事実。
誰かに一緒にいてほしかった。力ずくで俺を止められる魔法少女なら最適だ。
「けど、本当に落ち着いててね。戦ってる最中に悠馬が怒り狂うとか、嫌だから」
「わかってるよ。気をつける」
建物内を歩きながら話す。時折黒タイツが現れるけど、全て単独行動だった。俺がいなくてもライナーだけで瞬殺できた。
すると、複数の人間の声と戦闘音が聞こえた。大人の男の声ばかりで。
「警官が戦ってるのかな」
「フィアイーター相手に? 行ってみよう」
物音の方へ駆ける。階段をいくつか上り、何に使うかわからない部屋が並ぶ廊下へ出る。
そこにいたのはフィアイーターではなくて。
「いいわ! そこよ! ティアラ頑張って!」
「うん! 人間なんかより強いってこと! 見せてやるんだから!」
複数人の警官を相手に、ティアラが暴れていた。高校生の少女の体で、成人男性である警官の懐に潜り込んで殴り倒す。
周囲には痛みにうめきながら倒れている警官が何人もいた。派手に暴れているようだ。
周囲に黒タイツの姿はなく、敵はキエラとティアラだけ。
「そこまで! ティアラちゃん、随分とやりたい放題だねー。けど、格下の人間相手にそんなに得意になれるの、やっぱりかわいいなーって思います!」
そこにライナーが声をかけて、ティアラの前に立ち塞がる。煽るような言葉もかけた。
ライナーに反応したティアラが手を止めた。
「あなたは……」
「ここからはわたしが相手です! ふふっ。ただのフィアイーターなら簡単に勝っちゃうから。逃げるなら今だよー」
「馬鹿にしないで」
憧れの魔法少女でも、煽ってくれば腹が立つものか。ティアラはライナーに向き合った。
先に仕掛けたのはライナーで、床を蹴って肉薄。ティアラの首を折る勢いの回し蹴りを放つ。ティアラはその蹴りを後ろに下がって回避。蹴り抜いた直後で隙が大きいライナーに掴みかかろうとした。
しかしライナーもその動きを読んでいて、軸足を動かして回避した上で再度の蹴りを放つ。今度はこれを受け止めたティアラに、さらに床を蹴り出して押し込んだ。倒される前にティアラは手を離し、跳びのいて距離を取る。
キエラが加勢する様子はない。片手が欠けているために獣の姿にはなれず、武器も持ってない。あの姿でも普通の人間よりは多少は強いだろうが、基本的にはか弱い少女だ。
それが動き出さないか注視しながら、俺は倒れている警官の服を掴んで引きずり、ライナーたちから離す。巻き込まれないように。それから。
「おい。ここで保護されている酒井って家族が、どこにいるか知ってるか?」
尋ねたが、芳しい返答はなかった。知らないようだ。




