12-36.行くな
玄関に置いてある遥の車椅子から、そこに隠してあるナイフを回収しにいく。
その直前、みんなが困惑した様子で顔を見合わせたけど、リビングでそれぞれ変身する声が聞こえた。
「デストロイ! シャイニーハンター!」
「ビート! シャイニーバーサーカー!」
俺はその姿を見ていないけど、変身はつつがなく完了したらしい。
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
「闇を砕く鋼の意志! 魔法少女シャイニーバーサーカー!」
自動的に出る名乗りが高らかに口にされる。それからリビングの窓を開けた。
「ラフィオ乗せて! バーサーカーも乗りますよね!」
「おう! 頼んだ!」
このふたりが先に向かう。
その音を聞きながら、俺は愛奈に電話をかけた。
向こうのスマホも警報を鳴らしてるだろうし、暇を厭ってテレビを見てたら速報が流れてるはずだから、向こうも事態をよくわかっているはず。
だから電話にはすぐに出た。
『もしもし』
「姉ちゃん。フィアイーターが出たことはわかってるな?」
『ええ。しかも、ここから割と近いわねー。ま、融通が効く病院っていうのは距離的な近さも選ばれた理由なのかもね』
「……どういうことだ?」
『フィアイーターが暴れているのは警察署。敵の狙いはわかってるわ。警察に保護された酒井一家よ。キエラはきっと、なにか特殊な方法で酒井の居場所を掴んだ』
恐怖を探すとか、そんな方法だろう。それに昨日の今日で、警察も酒井の身柄を特殊な場所に隠すことはできない。取り調べもしなきゃいけないし。
キエラたちも警察署を重点的に探せばいいとわかってるのだろう。
『警察署には武器もあるからね。フィアイーターが何から作られたかは知らないけど、銃から作られたとしたら最悪。危険な敵よ。だから近い位置にいるわたしが行かないと』
「やめろ……」
俺が電話をしたのは、愛奈に現場に行かせないためだ。
今動けば、塞がりかけていた傷口が開く。それは避けないと。
しかも敵の狙いは酒井? そいつが現場にいる? 愛奈と接触をする可能性が高い?
絶対に駄目だ。行かせるわけにはいかない。
「姉ちゃん。怪我もあるからじっとしてろ。俺たちで対処するから」
『頼りになるわね。さすがわたしの弟。けど、到着まで時間掛かるでしょ? 近くにいるわたしから動かないと』
「姉ちゃん、頼む」
『ええ。ひとりで戦うのは、わたしも無理。だから悠馬。早く来てね』
コトリと音がした。何かにスマホを置いた音だ。
『ライトアップ! シャイニーセイバー!』
俺がやめろと言っても、愛奈は、世界で一番頼れる俺の姉は、変身を止めない。
『闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー! ……悠馬、行ってくるね』
そして指先で電話を切った。窓から飛び出して警察署まで行ってるのだろう。
俺はすぐにリビングに取って返した。
「遥! 急いでくれ! 姉ちゃんが戦いに行った! 早く行って止めないと」
「……うん」
キッチンの火を切って、かけていたエプロンを外した遥は、ちょっと寂しそうな顔を見せた。
「やっぱり勝てないなあ……」
「遥?」
「ううんなんでもない! 行かないとね! ダッシュ! シャイニーライナー」
遥の今の言葉の意味がわからないほど、俺は鈍感ではない。
だからといって、声をかけて慰めている場合ではない。その手の慰めが遥には余計なお世話なのも、よくわかっていた。
やはり俺は鈍感ではないから。それが歯がゆく思うこともある。
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」
変身完了したライナーは、こちらに背を向けた。
「さあ急ごう! 飛ばすからね!」
「頼む」
ライナーに背負われ、風を受けながら現場へと向かった。
――――
模布市内にいくつかある警察署。そのひとつに酒井一家は保護されていた。
家族で過ごせる場所と食事。あとはシャワーも浴びられる。警察署内ということで、あまり快適な暮らしとは言えないだろう。それを樋口は少し申し訳なく思っていた。
近くにある病院なら、もう少し快適だと思う。けど愛奈が入院していて鉢合わせする危険があることと、警察の事情で怪我人でもない人間を四人押し込むのは、さすがに病院の迷惑になるからやめた。
どうせ取り調べもすぐに終わる。そうしたら警察が用意したアパートに移動してもらう。そこなら少しは暮らしやすいだろう。
酒井和寿は取り調べに協力的だった。尋ねられたことは全て正直に答えたし、警察に対しての受け答えも丁寧。過ちを重ねたことへの深い反省も見られる。
双里姉弟に改めて謝りたいと申し出ていたことに関しては、許すつもりはないけれど。少なくとも姉弟に許諾を得てからだ。
善人で誠実な人なのは間違いないけれど、そこまで相手の気持ちを推し量れるわけではなさそうだ。
酒井の家族にも取り調べはしている。けど、得れる情報は多くはなさそう。家族には完全に仕事のことは隠していた様子だ。
母親は申し訳なさそうに謝ることの繰り返しで、娘は幼いから怯えるばかり。優しそうな女性捜査員に話してもらったら、さすがプロで落ち着かせることに成功したけど、まあ大した話はできない。
そして息子だ。地元の少年野球チームに属する彼は、悠馬とは顔見知りだったらしい。年末年始に出会って仲良くなったとのこと。
気の良い兄ちゃんだと思ってた相手が父親を殺そうとした。その事実にショックを受けている。
そして稚さゆえの受け取り方で、悠馬に対して多大な敵意を向けていた。親しみを持っていたことへの裏返しか。今度は彼が悠馬を殺しかねない勢いで怒り狂っている。
それは無理だろうけど。
父親を双里家に接触させられない理由が増えたな。
まあ、子供の怒りだ。少し落ち着いた環境に置けば、しばらくすれば怒りは収まる。些細なことで激高できるのも子供の特権だ。




