12-31.久しぶりに怒られた
樋口が手配したという、警察の言うことを聞いてくれやすい病院へ向かう。俺が以前入院したのと同じところだ。
そこの個室に愛奈はいる。
「愛奈さん元気ですかー? 残念ですけどお見舞いの品にお酒はありません。フルーツ盛り合わせで我慢してください!」
遥が遠慮なく入ってきた。ちなみにフルーツ盛り合わせは、病院のコンビニで買ってきたものだ。
「マジか。オレもさっきそれ買ってきたぞ。愛奈が酒酒うるさいから、なんか健康的なの食えって思って」
「わー。ほんとだ。そこの相談もしとけばよかったねー。でもお姉さん、フルーツいっぱい食べられていいじゃありませんか」
「いや、わたしはお酒がほしいのよ」
「駄目ですよ愛奈さん。怪我人がお酒は駄目なんです。プリンいっぱい買ってきてたから、これ食べてください」
「いやいや。それ、余ったらラフィオにあげるつもりで買ったんでしょ」
「そうだよ。だからあまり食べないでくれると嬉しいよ」
「別にわたし、プリン食べたいわけじゃないのよ。好きなだけ持って帰りなさい」
「やった!」
「うーん。怪我人の前でそんなに喜ばれるのも、なんか嫌なのよね。ところで……悠馬は来てないの?」
「あ」
そう。俺は魔法少女やラフィオたちの会話を、病室の外で聞いていた。
この期に及んで、俺は愛奈と顔を合わせるのを躊躇っていた。
「もー! 悠馬さん! 愛奈さんと会ってください!」
「うおっ!?」
急につむぎが飛び出して来たかと思うと、俺の後ろに回って突き飛ばした。力はそれほどでもなくても、不意打ちだったから俺はよろけて、病室の前へと出てしまう。
もちろん愛奈も俺を見た。
「悠馬」
「ね、姉ちゃん……」
これで逃げ出すわけにもいかず、俺は愛奈が横になっているベッドにおずおずと近づいた。
愛奈はといえば、すぅと息を吸って。
「こら! 勝手な行動しちゃ駄目でしょ! 敵でもない相手に暴力振るうなんて何考えてるのよ!」
「ご、ごめん……」
姉ちゃんに叱られるなんて、いつ以来だろう。
愛奈はすぐに表情を緩めた。
「けど、わたしも悪かったわ。ごめんなさい。あなたに心配をかけた。追い詰めちゃったのね。お姉ちゃん失格ね」
「そんなことはない。姉ちゃんは、俺の姉ちゃんだ。何があっても」
「……ありがとう」
「姉ちゃん。教えてくれ。あの男と、どうしたい? 今更無視はできないと思う。あいつに、俺たちが魔法少女の関係者で……姉ちゃんが魔法少女ってのもバレてる」
「そう。仕方ないわね。……あの男から年賀状が来て、釈放されたから会いたいって書いてあったのよ。こんなことになったわけだし、一度会うべきかしら」
「姉ちゃんが会いたくないなら、会わなくていい」
「ええ。……悠馬」
「なんだ?」
「今夜、ここに泊まって。一緒にいたい」
「ああ。いいぜ」
遥あたりは背後で不満そうな顔してるだろうけど、同時に俺たちの間に入り込めないことを察しているようで、無言を貫いていた。
「あの男のことは、よく話し合いましょう。樋口さんが動いてるから。今どんな状況で、あの男がどんな考えをしてるかもわからない。それを知らないと」
「後で樋口に連絡を取ろう。……たぶんだけどさ、キエラたちも探してるんだと思う。酒井のことを」
「でしょうね」
義手を作ってもらったはいいけど、それを失ってしまった。
キエラは片手がない状態を我慢はできないだろう。だからまた作らせようとするはず。
「油断ならないわねー。問題はなかなか片付かない。仕事と一緒ね。嫌になっちゃう」
「仕事って大変なんだな」
「ええ。怪我して休めるの、ちょっと嬉しい」
「会社に迷惑かけるから、ほどほどにしておけよ。特に麻美に」
「はーい。麻美は後でお見舞いに来るって言ってたわ。車でね。あなたたち、ついでに送ってもらったら?」
「麻美さんの車、車椅子は載せられないですよね?」
「あー。たしかに。頑張れ」
「ちょっと適当すぎやしませんかお姉さん!?」
「なんとかできるわよ。車椅子乗せるくらい。後部座席に置くとかで」
「でき……なくはないんですよね。普通の乗用車でも、ちょっと狭いのを我慢すればなんとかなる。なるんですけど。うーん」
「悠馬がここに泊まる分、人が少ないからなんとかなるのよね」
「それが納得いかないんです! ……まあいいですけど。お姉さん、悠馬に変なことしないでくださいね!」
「変なことってなによ。姉弟よ? 多少くっつくことがあっても、それは変じゃないわよねー」
「あー!」
愛奈が俺の肩に手を回して引き寄せる。いや、なんだこれは。
俺も抵抗はしなかったけど。今日くらいは愛奈のわがままに付き合ってあげたかった。
遥は不満顔だったけどな。
その後すぐに、仕事終わりの麻美も来た。
社会人一年目で初めて迎える仕事始めを、頼るべき先輩が不在でも難なく乗り切り、もう独り立ちしても良さそうだと上司から言われたらしかった。
「え……いやいや! 待って! 麻美置いてかないで! わたしにはまだ麻美が必要なの! なんか便利な後輩が!」
なんて情けない姉だ。
「心配しないでください、先輩。わたしもまだまだ先輩が必要です。課長にもそう言っておきました」
「さすが麻美!」
そこで露骨に喜ぶな。
「ところで先輩、復帰はいつになりますか?」
「あー。えっとー。ほんとは長めに休みたかったんだけどね? 今の話聞いてると、すぐにでも職場復帰しないとと思いました!」
「はい。お願いします。わたしも先輩がいないと寂しいので」
麻美はたぶん、最初からこうする予定だったんだな。愛奈があまり仕事に穴を開けないために。
それが愛奈のためでもあるからな。
その後、少し話してからみんな帰っていった。麻美の車に、なんとか車椅子を乗せて送っていくのも了承してくれた。




