12-30.幸せ者
樋口は構わず続けた。
「彼は偶然、キエラの接触を受けて大金と引き換えに仕事を受けた。失われたキエラの代わりの手、兼武器をね。キエラは仕事を始めたばかりでお金に困ってそうだから酒井を選んだ。義肢の会社だと面倒だから個人でやってる人を選んだとも言っていたわ。全部、酒井和寿を取り調べしたら教えてくれた」
「なんであの人が関わって……ううん。それより。なんでわたしが、あの人、その、酒井を知っている前提で話すの? わたしたちの身辺調査をした時に手に入れた情報?」
「いいえ。悠馬に頼まれて、あなたが正月以来ずっと様子が変だった理由を探ってたのよ。セイバーに変身してる時に悠馬と一緒に酒井の家に来てしまったこともあったでしょ。その時の様子とか。酒井からの年賀状も、酔ったあなたを部屋に運んだ時に見つけた」
「あー。やっちゃった……」
本気でへこんでいる。そんな様子で、ベッドの上の愛奈は手首で目を覆う。
「わたしも迂闊だったわ。酒井が義肢を作ってること、悠馬に伝えたの。その直後にあなたが怪我をした。悠馬は酒井の家を知っている」
「まさかあの子」
「ええ。あの家で派手に暴れたみたいね。死人は出てないわ。悠馬は家にいるし、酒井一家は警察が保護してる」
「良かった……あの子、なんでそんな無茶を」
「あなたのためよ」
「……はい。反省してます。悠馬が心配するほど、わたし挙動不審だった?」
「他人にはわからなくても、弟にはわかるよの。しっかりなさい。お姉ちゃんでしょ? たったひとりの」
「わかってるわよ。そんなこと。あー……お母さんたちを殺したあの男のこと、当時から悠馬には会わせないようにしてたのよ。あの男は悠馬にも謝りたいって言ってたけど、許さなかった。悠馬に負担かけさせたくないから。けど……今になって心配させて、こんなことになるなんて。ほんと、駄目なお姉ちゃんよね……」
「あんたが駄目なことくらい、みんな知ってるわよ。気にしないで。その上で、みんなあなたを愛している。慕ってるし、頼りにしてるのよ」
「うぅっ。そうかしら。そんな実感ないというか……」
「いや。悠馬は愛奈のこと、本気で慕ってるぜ。全部じゃねぇけどな」
いまいち話が見えないアユムだけど、それは言えた。
「遥だって愛奈がいない所だと、尊敬できるって言ったりするし。本人の前で言ったら調子に乗るから言えないとも言ってたけどな」
「そっかー……うん。そうね。そういうことにしておく」
「愛奈。あなたは悠馬とよく話しなさい。家族の問題よ。わたしが口を出せることは少ない」
「わたし、樋口さんも家族の一員だと、ちょっと思ってるけどね」
「冗談言わないで。本名も教えてない公安の人間に。でもありがとう。嬉しいわ。じゃあ仕事に戻るわね。後片付けも大変なのよ」
笑みを浮かべた樋口が病室を出ていく。
後に残された愛奈とアユムは、するべき会話が見つからなくて、少しの間沈黙した。
アユムは、その沈黙に耐えられる性格をしていなかった。
「なあ。教えろよ。酒井って誰だよ」
「わたしの両親と、悠馬の他にもうひとりいた弟が事故で亡くなったのは知ってるでしょ? その事故を起こした人」
「……ごめん」
推測はできたはずなのに、気まずいことを訊いてしまったと後悔した。
「いいの。わたしも向き合わなきゃいけないから。あなたにも、ここ数日のことを教えるわ。その前に、アユムちゃんもひとつ教えて。酒井の家に向かう悠馬、どんな様子だった?」
「オレも最後まで見てはないんだよ。救急車に乗ったから。けど愛奈が怪我をしたってわかった時のあいつは……本気で怒ってた」
「そう。わたしのためよね。……わたしは幸せ者ね」
「ああ。幸せ者なのは悠馬も同じだけどな」
そんな話をしていたら、遥からメッセージが来た。
今夜お見舞いをしたいとのことだ。もちろん悠馬も来る。
「愛奈。悠馬と話すチャンスだぞ」
「別に、チャンスなんていくらでもあるわよ。これからもずっと。けど、あの子と会えるのは嬉しいわね」
ああ。本当に嬉しそうだな。
――――
風呂に入って着替えて、救急箱の消毒液を傷口に塗ってから、大きめの傷には絆創膏を貼る。
傷口も、数日すれば塞がるだろう。本当に大した怪我じゃない。
やがて、ラフィオとつむぎも戻ってきた。このふたりは水着で風呂に入ったのかな。ふたり揃って髪が微かに濡れていた。
「今日はラフィオ、手を使わせません!」
「手の怪我、酷かったのか?」
「ひどくはないです」
「つむぎのわがままだよ。過剰な気遣いと言うべきか」
少しうんざりした様子のラフィオはたぶん、俺のおかげで怪我したことを気にさせない気遣いをしてるのだと思う。
「ありがとうな、ラフィオ」
「なんのことだか。それより、愛奈の見舞いに行くぞ。電車移動になるかい?」
「そうなるね。行こう行こう。あ、ラフィオは小さくならないとね」
「モフモフにね!」
「今日はなんか、一度これになると二度と戻れない気がするんだよな……」
手を使わないと命令されてるならば、小さくなってつむぎにお世話され続けるのが最適解。本人がその扱いと、ついでにモフモフされることを受け入れるかは別問題。
それでもラフィオは妖精の姿になった。
「ほら、悠馬も行くよー」
「ああ」
「大丈夫。愛奈さん怒ってないって。たぶん」
「そうだよな……」
みんなはお見舞いに行く気満々だけど、俺の足取りは少し重かった。




