12-28.手の怪我
「さて、悠馬。あなたの軽率な行動について、警察としては見過ごせません」
「だろうな。俺も逮捕か保護をするか?」
「しないわよ。そんなことをして、魔法少女たちとの関係が悪化したら目も当てられない。……とにかく、二度とあの家族と関わろうとしないこと。しばらく家にいて頭を冷やしなさい」
どこか柔らかい笑みを、樋口はこちらに向けた。
「わかった。……姉ちゃんの見舞いに行きたいんだけど」
「ええ。それはいいわよ。今治療中だから、少ししたらね」
「治療中か。ということは」
「死ぬとか、そんなのは無いわよ。脇腹をざっくり切られただけ。出血は多いけど、もう大丈夫。治療して数日休めば元通りよ。たぶん傷跡も残らないでしょ。傷口が綺麗だったそうだから」
「そうか、良かった……」
床に寝転んだまま、安堵の息を吐く。
傷口が綺麗というのは、キエラがつけていたあの義手の先端が、よほど鋭利だったという意味でもある。和寿が本気で作った武器というわけだから、そこについて思うところはある。
けど、樋口と約束した通りだ。あの男に関わるのはやめよう。キエラの武器を作った罪に関しては、樋口に任せよう。
「よし悠馬。帰ろっか。愛奈さんもたぶん夕方には面会できるようになるよ。ほら。背負ってあげるから」
「ありがとうな」
「うわ。破片ついてる。刺さったりしてない? 痛くない?」
「正直言うと、ちょっと痛い」
ライナーに助け起こされた俺は、体中の痛みをようやく自覚した。
食器の破片が落ちてる中でラフィオに押し倒されたわけで。服で守られてない部分には、少し刺さってるかもな。
「樋口さん! 悠馬も病院に連れて行った方がいいですか!?」
「見たところ大した怪我じゃないし、目立った破片を取り除いてお風呂で洗い流せばいいだけよ」
「なるほど! よし悠馬! 家に帰ろう! お風呂で洗い流すって樋口さん言ってたよね!? 一緒にお風呂入ろ!」
「なんでそうなる!?」
「悠馬と入りたいから!」
「俺の怪我を理由に馬鹿なことを言うな」
止めようとする愛奈もアユムもここにはいないから、遥はやりたい放題だった。
それを見たつむぎも、すかさずラフィオの手を取った。
「あー! ラフィオも手のひらにちょっと刺さってる! わたしと一緒にお風呂入らないと!」
「やめろ! 入らないからな!」
「入るの! わたし水着着るから! 洗ってあげる! じゃあ悠馬さんライナー、先に帰ります! わたしの家でお風呂入ります!」
「うわー! やめろー!」
もはやラフィオの治療じゃなくて、一緒に風呂に入るのが目的になっている。
ハンターがラフィオの体を抱え上げて走り去った。普段はラフィオを足にしてるけど、ハンターだって魔法少女だ。元々の身体能力も高い。猛烈な勢いで遠ざかっていく。
「ほんと、賑やかな子たちね。こんな状況でも楽しそう。ほら、後のことは大人に任せて。あなたたちも帰りなさい。ここの後始末もできないから」
「わかりました! ほら悠馬、背負ってあげる」
「ああ。ありがとうな」
「どういたしまして!」
ライナーの背中にしがみつきながら、俺も我が家に帰る。
俺のやらかしたことは割と重大なのだろうけど、誰も気にする様子はなかった。
その気遣いが嬉しかった。
――――
ラフィオは結局つむぎを止められず、海パン姿で風呂に入らされていた。
「おい。いいか。風呂で温まるのが目的じゃないからな。悠馬を押し付けた時に刺さった破片を取り除くためだからな」
「うん。わかってるわかってる」
そのためだったら、洗面台でも用は足りるはずだ。本当にわかってるのだろうか。
家の物置からピンセットを持ってきたつむぎは、学校指定のスクール水着姿。ラフィオの手のひらを凝視しながら取り除いていく。確かに細かな破片がついていた。深く刺さってるわけでもないから、深刻になる怪我ではない。
というか、よくピンセットなんか家にあったな。両親ともに理系なのが関係してるのかな。家でも実験とかやってたりするのだろうか。
「んー。たぶんこれで全部だね! 洗い直して、消毒して、ラフィオをモフモフすれば終わりだよー」
「最後は余計だ。怪我人をモフモフするな」
本人が大した怪我とは思ってないけど、つむぎが大事にしてるのだから、これはつむぎが悪い。モフモフは無しだ。
「むー。しかたがない。じゃあ、悠馬さんの所に行く?」
「どうかな。今はそっとしてあげるべきじゃないかい?」
「んー。そうかも。じゃあ、わたしたちはこのままお風呂入ろっか」
「うん。そうしよう」
別に入りたいわけではないけど、嫌でもない。
恋人とゆったりした時間を過ごすのは、悪いものじゃない。
ラフィオもつむぎも浴槽には入ってないし、お湯も張ってない。沸かすボタンを押してお湯が出るのを見ながら、シャワーも出して傷口を洗い流す。微かに血が滲んで排水口へ流れた。
「痛い?」
「少しだけ。大したことはない」
「ラフィオは、今日は手を大事にしないとね。ご飯作るのも、遥さんに任せること」
「わかった」
「お箸持つのも駄目だよ。わたしが食べさせてあげる」
「おい。そこまでやらなくていい」
「着替えもわたしがやるから。ラフィオのパンツ、わたしが履かせるから」
「やめろ。それは自分でやるから!」
「あははー」
つむぎだって本気ではないのだろう。何が面白いのかはわからないけど、しばらく笑い続けた。
それから。
「ねえ、ラフィオ。悠馬さん大丈夫かな?」
「大丈夫とは?」
「あの人のこと、許せると思う?」
「僕にはわからない」
親を殺される気持ちなんて、ラフィオには未知のものだ。
こっちは産みの母を殺そうと考えている。そのために戦っているのだから。
まあ、大切な人を失うことの辛さは知っている。そこからさらに失うことを考えたら、胸が痛くなる。
浴槽の縁にもたれかかる、隣にいるつむぎにそっと寄り添った。
「わからないけど、悠馬は強い奴だ。体だけじゃなくて、心も。だから心配ないさ。乗り越えられる。もし辛いようだったら、僕たちで支えればいい。家族ってそういうものだろう?」
「うん。そうだね。その通りだよね! 後で様子見に行こうよ」
「ああ。そうしよう」




