12-27.あの日の自分
それでも、俺が花瓶を掴んで振り上げたのを見て、咄嗟に避ける余裕はあった。
彼の頭には当たらず、振り抜かれた花瓶が床にぶつかって粉々に砕ける。後退って逃げようとする和寿を追うように、俺は花瓶の破片を踏みしめながら、土足で家に上がりこむ。
「ま、待ってくれ! すまない! 本当に申し訳ない! だが暴力はやめてくれ! 子供がいるんだ!」
「知ってる」
だからなんだ。
玄関に飾られていた、何かの絵を掴んで和寿に投げつける。命中はせず、壁が大きく凹んだだけ。
「明美! 子供たちを連れて逃げなさい!」
「でも!」
「この人は俺がなんとかするから!」
和寿が妻に呼びかける。
子供。そうだな。子供がいるんだよな。
実際、穏やかではない物音と声に、何事かと足音が聞こえてきた。野球少年と、妹だろうか。低学年くらいの女の子もいた。
野球少年が、俺が怒りの形相で家に上がりこんでいる現状に驚きの顔を見せた。それには構わず、俺は子供たちの前で和寿にタックルをかける。
彼の腰のあたりに正面からぶつかり、そのまま壁に押し付ける。背中から壁に激突した和寿から苦しそうなうめき声があがる。俺をなんとか押しのけて、廊下を走りリビングの方に逃げた。
「やめてくれ! 本当にすまなかった! ご家族のこと、本当に申し訳なく思っている! けど暴力はやめてくれ! 俺にも家族がいるんだ!」
「見ればわかる」
言いたいこともわかるとも。けど許すかは別問題だ。
つけっぱなしのテレビでは、朝の情報番組が流れていて、知らない芸能人が知らないグルメに舌鼓を打っていた。リビングに置いてある椅子を掴んで投げたら、和寿が避けたから背後にあったテレビに直撃。画面が大きく割れた。
やっぱり投げるのは駄目だな。近づいて殴らないと。
別の椅子を掴んで、和寿の方へ駆ける。接近したまではいいけど、俺の一撃はまた避けらて壁に穴が開く。
「逃げるな!」
キッチンの方へ逃げた奴に、また椅子を振った。棚の皿が大量に落ちて割れる。その破片で足裏を傷つけたのか、和寿は痛みに悲鳴を上げながら倒れた。俺はそこに向かって椅子を振り上げて。
背後に人の気配を感じた。振り返って椅子で防御。俺に向けて振られた金属バットが当たって音を立てる。
「やめろ! 父さんを! 殺すな!」
野球少年が俺を睨みつけていた。本気の敵意を向けていた。
「和樹! やめなさい! 逃げろ!」
それが息子の名前か。和寿は破片が散らばる床に膝と手をつき息子の方へ這いずり抱きしめた。
「お願いします! 息子だけは! 許してください! どんなお詫びもします! だから!」
「……」
俺は、父に抱きしめられた野球少年を見つめていた。彼にとって俺は、平穏な家に土足で上がり込んでそれを破壊する極悪人なんだろう。
近くで彼の妹が、ただならぬ雰囲気に大泣きしていた。母親がそれを必死になだめていた。
わかってる。俺が悪いってこと。
この野球少年は、あの日の俺だ。俺がこいつの歳くらいに、家族を失った。
もし俺が行動することで父が助かるなら、殺されないなら、俺も同じことをしただろう。
俺に、誰かの家族の命を奪う資格なんかない。自分が不幸だからと、誰かに不幸を撒き散らすのは間違っている。
持っていた椅子をその場に落とした。
それとほぼ同時に、俺は強い力で横から押されて床に倒されることになった。
追いかけてきたらしい獣のラフィオが、俺を押し倒したんだ。体重をかけられて動けなくされる。俺は抵抗もしなかった。
「よし! そこまでです! 酒井さん、この人から離れて。もう大丈夫だから。いやー、それにしても派手にやったねー」
ライナーの声が聞こえた。親子を俺から離している。少し目を向ければ、和寿は俺が本当に魔法少女の関係者だったことに驚いてるようだ。
「悠馬さん、大丈夫ですか? 暴れたりしないでください」
ハンターがラフィオの上から降り立ち、俺のそばでしゃがんで呼びかけた。
「ああ。わかってるよ。暴れない」
「良かったです」
「はじめまして。酒井和寿さんね? 警察よ」
樋口が警察手帳を家族に見せていた。
魔法少女だけではなく警察まで出てきて、家族は混乱してるのだろうな。樋口は構わず話し続ける。
「あなたがキエラとティアラ、怪物を作っている主体となる少女と接触しているのはわかっています。魔法少女を傷つけるための武器を作ったのも。警察としては看過できないわ。家族揃って署までご同行願うわ」
「待ってくれ! 悪いのは俺だけです。家族はなにも知らない。無関係だ」
「知っている。けどキエラたちは再度あなたたちに接触しようとする。それは止めないといけない。これは逮捕じゃなくて、保護よ。あなたも、もう奴らのために義手なんて作りたくないでしょ? そのせいで家族を巻き込むのも嫌なはず」
和寿は大きく頷いた。そして家族に、行こうと促した。
家の外でパトカーが停まっているらしい。元々酒井の身柄を確保するために動いてはいたから、対応が早かったのだろう。
樋口は酒井一家に、それに乗るよう指示を出してから、俺に向き直った。
「暴れたりしないでね?」
「しない。もう落ち着いている」
「じゃあ、僕がどいてもいいのかい?」
「頼む」
「わかった。にしても、やっぱり姉弟だね」
どくというよりは、少年の姿になりながら俺の押さえを緩めるラフィオ。その顔には笑みが浮かんでいた。
「姉弟?」
「剛のせいで君が入院することになった時、愛奈は本気で怒っていた。君と同じさ」
「確かに。あの時の愛奈さん怖かったな」
「……そうか」
そんなこと言われても、どう反応すればいいかなんかわからない。
けど、嬉しかった。




