12-26.拳を振るう
「警察に規制線を張らせて、人が来れないようにしたわ。けど、あなたたちは早く退散しなさい。後片付けする人が来れるように」
「あ、はい。えっと……」
「麻美には連絡してる。愛奈が負傷して入院するってね。会社にもそのうち正式に連絡がいくでしょう。救急隊員から連絡があったけど、見た目ほど重傷ではないそうよ。休むのは数日でしょうね。怪物騒ぎにも慣れた街よ。襲われて怪我したなんて、珍しい話じゃない。愛奈が魔法少女だってことは会社の誰にもわからないし、怪しまれないわ」
「そうですよね。よかった。あの、これなんですけど」
ライナーは、キエラが残した鉄製の棒を樋口に見せた。
「義肢かしら」
「はい。義手なのか義足なのかわからないので、義肢と呼ぶべきですね。キエラが大きくなった時につけるサイズみたいです」
ちらりとラフィオの方を見る。ハンターを乗せたままの大きな姿。キエラがあの状態になった時に、この義肢はぴったりはまる。
「これ、なんなんでしょうか」
「はあ……さっそく使われるなんてね」
そんなことは期待してなかったのだけど、樋口は全部知ってる様子で。
「悠馬から何も聞いてないのね。本人も愛奈も話したがらないでしようけど、無視はできないわね。教えてあげる」
悠馬の両親と兄を殺した男が、最近出所したこと。彼は善人で直接謝りたいと言ったが故に愛奈を困らせていること。彼が義肢装具士で、なんの因果かキエラの接触を受けて義肢を作ることになったこと。
ただの義肢ではない。武器にもなるものだ。それがこれ。愛奈に傷を負わせたもの。
「そんなことが……」
「それで、悠馬はどこかしら。愛奈に付き添って病院に行ってるの?」
樋口も、ここに悠馬がいないことに気づいていた。けれどあまり疑問には思ってない様子。
そうだよね。普通はそうだ。
けど。
「悠馬は、その。たぶんですけど。この義肢を作った人の所に行ってると思います」
「そう。それは……わたしたちも行かないとね。穏やかに話し合って、協力するのはやめろと言いそうな雰囲気だった?」
「いいえ……」
そんなことはありえない。悠馬の怒りに満ちた様子もそうだし。
「悠馬は、事故の恨みを忘れたりしません。事故の後、冷たい態度を取った中学の担任のことも、思い出した途端に怒りを燃やしてました」
だったら、家族を殺した人間にどんな態度を取るか。想像はつく。
「行かないと! 下手すると死者が出ます! 樋口さん、行き先を教えてください! ラフィオ乗せてあげて!」
――――
酒井の家は知っている。自宅が事務所だから、今も在宅なのは想像がつく。
覆面を脱いでポケットに入れた。ナイフを確認したけど、戦闘に使った結果刃がぐらついている。もう使えないな。
仕方がない。
酒井の家の外から様子を見た。仕事場にしているという倉庫からは物音は聞こえない。夜遅くまで作業していたというから、今は寝ているのかも。
微かにテレビの音が聞こえた。庭に面したリビングの窓にはカーテンがかかっていて、中の様子は見えない。
けど、まだ正月の気分が抜け切ってない、平穏な時間を過ごしているのは察せられた。
こっちは日々怪物と戦っているのに。こっちは家族を失って、傷つけられたのに。
指が震える。たぶん声も。それを必死に抑えながら、インターホンを鳴らした。
返事はすぐにきた。
『はい?』
女の声だ。あの男の妻か。
「はじめまして。俺、双里悠馬と言います」
インターホンの向こうで、微かに息を呑む声が聞こえた。名字の時点で察したか。
「双里一馬、双里愛理の息子で、双里春馬は俺の兄です。姉、愛奈に会いたがっているそうですね。代わりに俺が来ました」
つとめて冷静な声を出すようにしたけど、やはり緊張で震えてしまう。
しかし向こうも動揺しているのは同じで。お待ちくださいと返事があった後、バタバタと騒がしい音がした。
ややあって、玄関の扉が開いた。出てきたのは妻ではなく、酒井和寿その人だった。
「あの……双里、悠馬くん?」
申し訳なさそうな、けれど突然のことで困惑している様子の男は、俺の顔を見てさらに驚いた。大晦日、息子の打球がぶつかりかけた高校生として、顔を合わせてたからな。
あの時は良きパパという雰囲気だった。実際にそうなのだろう。
俺は、そいつを。
「ああそうだよ。あんたが殺した奴の息子だ!」
思いっきりぶん殴った。
俺と背丈がほとんど変わらない男の顔面に、怪物退治で鍛えられた拳が刺さる。
「おごっ!?」
無様な悲鳴が聞こえて、男がよろよろと後ろに下がった。後ろから様子を見てたらしい女が悲鳴をあげた。
「お前が家族を殺した! それに! 姉ちゃんも! お前の作った義手のせいで! 怪我をした!」
恨みつらみを吐きながら、男の腹を蹴飛ばす。彼は玄関マットに強い尻もちをついた。
家の中の様子を見た。普段から清掃が行き届いているらしい、綺麗な家。飛び抜けたお金持ちってわけではないけど、品は良さそうだ。
靴箱の上に花瓶が置いてあった。豊かというか、精神的にゆとりのある家なんだろう。
人殺しのくせに。
「す、すまないことをした! 謝る! だけど義手のことは」
「お前が作ったんだろうが! 小さい女がふたり、倉庫に来てただろ!」
「あれは魔法少女と戦うためと」
「姉ちゃんが! 愛奈が! 魔法少女なんだ!」
「そんな……」
和寿が絶望の表情を見せた。そして俺の怒りも理解したらしい。




