12-25.許せない敵
義手を手放してしまったキエラは、獣の姿で立つことはできないため、少女の姿になって立ち上がった。
「あはは! 怒ってるわね! 仲間の魔法少女がやられてそんなに悔しい? あの傷はどう? 死んじゃうかしら?」
「死なせはしない! けどお前は殺す」
「やれるものならやってみ――」
お喋りに夢中になっていたキエラは、途中から俺が駆け出して肉薄したことへの対処が遅れてしまった。
咄嗟に右腕を前に出して俺を拒絶しようとしたけど、先端が無くなっていることが頭から抜けていたらしい。
思ったよりも制止には役に立たず、包帯を巻いた腕の先端が俺の胸に接触すると同時に、キエラの体を蹴り上げた。
小さな女の子の体が宙を舞い、駅の壁にぶつかった。
「ぐあっはっ!?」
地面に落ちたと同時に、キエラは激しく嘔吐。こんな奴でも飯が食えるのか。どこから調達した飯なんだろうな。
「死んでないか、じゃあ今度こそ殺してやる」
「あ、待って……」
痛みで起き上がれないのか、キエラは俺に初めて恐怖に満ちた表情を見せた。
なんだ。こいつにも人並みの感情があるのか。
体の中には血が通ってるし、傷つくと痛いらしいな。
その痛みを実感しながら死ねばいい。
ナイフを構えて、あの小さな体をめった刺しにしようと駆け出した。けど。
「キエラ! 逃げよう!」
横からティアラが駆け寄ってきた。バーサーカーとの戦闘を中断して、穴を通ってキエラの近くまで行き、彼女の体を抱えあげてエデルード世界へ逃げる。
俺も追いかけたけど、穴はすぐに閉じてしまった。
「……くそ」
もう少しで殺せたのに。ティアラが。あいつさえいなければ。
振り返ると、ライナーがギターのフィアイーターに回しけりを食らわせたところだった。ある程度損傷していたらしいギターのボディが、バキッと音を立てて壊れる。
中にコアがあったらしく、それも砕くことでフィアイーターは黒い粒子と共に消えた。
キエラの義手は、ずっとフィアイーターに刺さっていたらしい。ギターが元の大きさに戻るのに合わさって抜けて、乾いた金属音を鳴らしながら床に落ちた。
その先端には血がついていた。愛奈の血だ。
人に刺さるように、先端が鋭くなっている。手足の代わりなんかじゃない。明らかに武器にするための義手だ。
これを作った奴がいる。姉ちゃんを傷つけた奴がいる。
俺の両親と兄を殺した上で、姉の命まで奪いかけた。
「みんな。救急車が来たら、姉ちゃんを引き渡してくれ。樋口が手配してくれた奴だから、後のことは任せていい。俺は行く所がある」
キエラの落とした義手を不思議そうに見ていた魔法少女たちに、俺は声をかけた。
「行く所?」
「その武器を作った奴の所だ」
「え? 知ってるの? これがなんなのか」
俺以外の誰も、この突然出てきて愛奈を傷つけた武器の出処を知らない。なぜか俺が知ってる事実に、みんな戸惑った様子だ。
詳しく説明する気はない。すぐに樋口が来てくれて、やってくれるだろう。
俺はライナーたちの制止も聞かずに駆け出した。
――――
「あ、悠馬待って……ええっと……」
「悠馬……駄目。行かないで……」
「お姉さん。あなたはじっとしてて。怪我してるんですから!」
悠馬の行動は不可解だけど、今は怪我した愛奈の対処が優先。血はまだ止まらない。気丈に振る舞ってるけれど、かなりしんどそうだ。
さっき悠馬の前では余裕そうだったのに、いなくなった途端にぐったりした。駅の床にこつんと後頭部を当てて目を閉じた。
「ちょっ! お姉さんしっかり! 絶対に死なないで!」
「救急車来ました! えっと、愛奈さんそこまで運ぶべきでしょうか!?」
「待って! 素人が運んじゃ駄目だと思う!」
ハンターが駆け寄って愛奈の体を持ち上げようとしたのを慌てて止める。
「救急車の人をここまで誘導して。あとは専門家に任せて」
「は、はい! お医者さん! こっちです!」
「バーサーカー、変身を解いて。愛奈さんの知り合いとして救急車に乗って。容態をわたしたちに教えて」
「お、おう。でもいいのか? オレじゃなくて、ライナーお前が行きたいんじゃないのか?」
「行きたいけど! この足で車椅子も松葉杖も家に置いてきたから! わたし不審者になっちゃう!」
「そ、そうか」
バーサーカーの言うとおり、本当はわたしが一番同行したいのに。恋敵だけど、愛奈のことは大切に思っているから。
こんな時なのに冷静な判断ができてしまう自分が嫌になる。もっと自分に正直になれればいいのに。
バーサーカーがアユムに戻って、直後にストレッチャーを押した救急隊員が駆けつけてきて、愛奈の体を救急車に乗せる。たぶんこれで助かることだろう。アユムが、知り合いが怪我をしたという演技を見事にして救急車に同乗した。これで情報も逐一来るはずだ。
残されたライナーとラフィオとハンターは、これからどうすればわからなくて、少しだけ静かな時間が流れた。
駅の床には愛奈の血がまだ残っている。
「これ、掃除した方がいいんでしょうか?」
「やる必要はないだろ。魔法少女たちがそんなこと」
「でも、誰かがやらなきゃいけないよ? わたし小学校でいつも掃除してるし、こういうのできるよ!」
「それは知ってる。いつも見ている。けど血を掃除したことはないだろ」
「ええ。しなくていいわ。そういう後片付けは業者に任せなさい」
樋口がやってきた。他の人が戻ってくる様子はない。ということは。




