12-24.負傷
けど、黒タイツは次々にやってくる。そいつまでに掴みかかられないように、セイバーは必死に抵抗しているけど。
「フィァァァァァァァ!」
「ぎゃー!? うるさい!?」
フィアイーターが片手で弦をかき鳴らす。音の大きさと圧でセイバーの体がよろけた。
そこに。
「今よ! 死になさい魔法少女!」
少女の姿のキエラが駆け込んでくる。先端が無くなった右腕に、サイズの合わない義手をはめようとした。
そして獣化。義手が若干太くなった前足にピッタリとはまった。
仮初の足で四足歩行をすることに慣れてはいないのか、普段と比べてぎこちない走りだった。少女の姿で駆けていた勢いで、なんとか走る。
体重もある巨大な獣が十分な速度で突っ込んで来るならば、それは間違いなく驚異で。
「死ねぇ!」
殺意を剥き出しにしたキエラが、先端の尖った義手をセイバーにまっすぐ突き刺そうとした。
セイバーもまずいと思ったらしい。不安定な体勢の中で、なんとか腕を動かしてギターのフィアイーターを自分の方へ引き寄せて盾とした。
そこにキエラが激突。セイバーとフィアイーターと、折り重なるように倒れた。
「がはっ!?」
セイバーの、そんな悲鳴が聞こえた。そして動かなくなった。
なんで逃れようとしない? フィアイーターとキエラに上に乗られて身動きが取れなくなったから?
そうであってくれ。
「姉ちゃん!?」
「セイバー!?」
俺とライナーの呼びかけは同じ。そしてライナーの方が向こうへ先に着いた。改札機をジャンプで飛び越え、キエラの巨体に勢いのまま飛び蹴りを食らわせる。
ぎゃっと苦しげな悲鳴を上げながら、獣のキエラが横倒れになる。その際に義手が外れた。
なぜ外れたかって? 刺さっていたからだ。フィアイーターの背中に。そしてもしかすると、セイバーの体に。
「こいつ! 離れて! もう!」
ライナーに黒タイツたちが群がってくる。けど、戦闘を続けていたおかげか、数は徐々に少なくなっていった。
黒タイツたちもどちらかといえば、キエラを守るような動きをしていた。余裕が出てきたらしいハンターが、黒タイツではなく倒れたキエラに向かって矢を放った。黒タイツのひとりがそれを、身を呈して受け止めて主を守る。
ラフィオの周りの黒タイツも少なくなってきたから、彼は奴らを蹴散らしながらセイバーの方へ駆けていく
もちろん、俺も続きたい。けど。
「フィー!」
黒タイツは俺にも襲いかかってきた。
「邪魔だ!」
俺はそいつの首根っこを掴んで、改札の機械に思いっきりぶつける。顔面を機械の角に何度か当てれば奴は死んだ。
こんな時でも動いている改札機が、切符を通してない俺を律儀にも止めようとした。俺はそれを蹴破ってセイバーの方へ駆ける。
「セイバー! 無事か!?」
「ぶ、無事……生きてる……」
苦しそうな返事が帰ってきた。
ライナーたちが、上に乗っかったフィアイーターたちが排除したため、セイバーも自由にはなった。けどその場に倒れたまま動こうとしなかった。
黒タイツたちはほとんどいなくなっている。ライナーとハンターの攻撃を受けて、ギターのフィアイーターは窮地に陥っていた。
まだいた黒タイツを蹴飛ばして顔面をぶつけさせて昏倒させながら、俺はセイバーのそばへ向かう。
「姉ちゃん! 怪我は!?」
「してるっぽいなー。いやまあ、普通に喋れるくらい元気なんだけどね? 割と痛いです」
「わかった。喋るな」
セイバーの体を見る。
お腹を見せるデザインの、魔法少女のコスチューム。ちょうどそこに傷を受けたらしい。
脇腹に傷。刺されたわけではなく、そこに尖った先端が当たった結果ざっくりと深い切り傷ができた。
そこから血が流れていた。止まる様子がない。大量出血という程ではないけど、放っておくと危ない。
「樋口! 姉ちゃんが負傷した! 救護を頼む!」
『本当に!? わ、わかった。すぐに病院の手配をする。救急車を呼ぶからそれに乗せて。魔法少女のまま運ばせるわけにはいかないから、変身を解かせて』
「わ、わかった。姉ちゃん、変身を解いてくれ」
そんなことをして大丈夫なのか。魔法少女の状態だから生きてられるのが、人間に戻れば重傷になるのでは。
魔法少女としてではなく、怪物騒ぎに巻き込まれた一般人として救急搬送させる意図はわかるけど。
そんな迷いが、セイバーにもわかったのだろう。
「うん。わかった。悠馬」
「なんだ?」
「なにも心配いらないから」
俺に微笑みかけながら、セイバーは愛奈に戻った。
すぐに、スーツの脇腹の箇所に血が滲んだ。
「あー。刺されたっていうのに、スーツに穴が開いてないのおかしいわよねー。けど止血にはいいかも? 塞いでるわけだし」
「そんなこと言ってる場合か」
「悠馬。わたしは大丈夫。救急車が来るまで死なない。だから、敵を倒して。キエラたちを」
「……ああ」
本当は愛奈が心配で仕方がないけど。そう言われてしまったなら仕方がない。
「ちゃんと傷口、押さえておけよ」
「わかってるわよ……。お姉ちゃんは死なないから……」
俺は既にガタつき始めているナイフを握り直して、キエラの方へ向かった。
「キエラ! お前は俺を怒らせた! ぶっ殺してやる! 今ここで!」
これまでだって殺意が無かったわけじゃない。けど今日は、奴がどうしても許せなかった。




