12-12.羽つきと凧揚げ
ふと隣を見れば、ラフィオが同じように「プリン」と書いていた。
「ふう。書道というのをしたのは初めてだけど、なかなか楽しいものだね」
少年は、ひと仕事終えたという風に満足げな顔を見せた。
一方の魔法少女たちは微妙な顔で。
「遥ちゃんどう思う?」
「わたしに振らないでくださいよ。綺麗に書けてるとは思いますけど」
「ピラフってなー。題材が、なんか変っていうか」
「都会って書くのも十分変だと思うわよ」
「そんなことないだろ! ピラフよりいいだろ!」
「まあうん。ピラフはね。プリンもだけど」
「好きなものなのはわかるのよねー」
「ええ。それはわかるんですけど。書き初めに選ぶかなって」
「まあ、選ばないわよねー。初日の出とか書くものよね」
「いえ、お姉さんのチョイスも変ですけどね」
「なによ。だったら、遥ちゃん以外みんな変ってことになるじゃない。むしろ変じゃない遥ちゃんが変よ」
「なんでそうなるんですかー!?」
「お前ら、そこまでにしろ」
「元はといえば悠馬のせいだからね!」
「お?」
仲良く喧嘩している愛奈と遥を止めようとしたところ、遥に睨みつけられてしまった。
俺のせいなのか? いや、そうかもしれない。
「よしお姉さん! 変か変じゃないから羽子板で決めますよ!」
「ええ。望むところよ! ……遥ちゃん車椅子で羽子板できるの?」
「バドミントンやったし、同じようなものですよ」
「そういうもの? まあ、やってみるけど」
なにがどういう理屈かはわからないけど、俺たちは道具を持って河原まで移動する。
「お姉さん! 遠慮なく打ち込んでください!」
「遠慮なくって。あんたが返せないような所には打たないわよ」
「お姉さんのそういう所、好きです!」
喧嘩してる、わけではないんだよな。
「ほら」
「にゃー!」
「えい」
「やにゃー!」
「それ」
「はいにゃー!」
相変わらず変な掛け声で返す遥だけど、驚いたことにラリーが成立していた。愛奈が思っているより的確に、遥の手元まで羽を打ち返しているからだ。
姉ちゃん、やればできるじゃねえか。
一方で。
「僕、凧なんか上げたことないんだけど」
「難しくはねえよ。ほら、オレが手伝ってやるから。いいか、風が吹いたらそれに乗せるイメージだ」
「わ、わかった……」
「今だ軽く走れ」
「えぇっ!? えっと!?」
おっかなびっくり糸を握りしめるラフィオと、凧の本体を持って風を読むアユム。
アユムはこういうの、慣れてるのかもしれないな。田舎で遊んでたって言うし。
アユムの手から離れた凧は見事に風に乗り、空を飛んだ。ミラクルフォースのヒロインたちが頭上からこちらに笑いかけている。
「おおお! すごい! 飛んだぞ! おいみんな! 見てくれ!」
「あははー。ラフィオってば、ミラクルフォースが飛ぶの、そんなに嬉しいんだー」
「ミラクルフォースだからじゃないからな! 凧が飛んだのが嬉しいんだ!」
羽つきを中断した遥にからかわれたラフィオは、少し怒った様子ながらも楽しそうだった。
だから遥は続けて。
「つむぎちゃんがここにいないの、寂しい? 一緒に凧揚げしたい?」
「それは……まあ、うん。したいけど。したいな、うん」
「今度は一緒にするために、誘おうね!」
「なんでそうなる! ……いや、でもありだな。うん、誘おう」
ラフィオだってちゃんと、つむぎのことが好きなんだな。
「悠馬。今度はわたしと羽根突きするわよ」
愛奈が羽子板を俺に手渡してきた。
「急にどうした」
「わたしだって悠馬と仲良くしたいのです」
「そうか、わかった」
ラフィオが、ここにいない恋人と仲睦まじい感じを見せつけたわけで。対抗したくなったのだろう。なんで羽子板で対抗なのかわからないけど。
「よーし、行くわよー。わたしだって割とやれること、わかったんだから!」
車椅子で動けない遥の方に的確に打ち返せたのはすごいな。
「けど悠馬、今回は真剣勝負よ!」
「なんだよ真剣勝負って」
「よくわかんないけど! とりゃー!」
楽しみたいってなら付き合ってやるけどな。愛奈が打っていた羽を打ち返す。
実際、羽根突きのルールなんて俺はよく知らないし。打ち返せなかったら負けとして、到底返すことが出来ないような、相手から離れた箇所に返しても駄目。
バドミントンみたいにコートを作って厳密な判定をすべきなんだろうけど、そこまで凝ったやり方で遊ぶものでもない。
というわけで、俺と愛奈はとりあえずラリーを続けていた。相手が返しやすい所に打つ。うん、これを続けてるだけでも楽しい。
「ねえ悠馬!」
「なんだ、姉ちゃん」
「こういうのって、共同作業って言うのかしら!?」
「言わないと思う」
なんでそんな。夫婦みたいな言い方するんだよ。姉弟だぞ。
「ふふん。でも、お姉ちゃんと遊ぶの楽しいでしょー!」
「それはそうだけど!」
「永遠に、わたしとしか遊びたいって思ってきたでしょ!」
「いや! それはないっ! おっと!?」
飛んできた羽をギリギリで返す。本当ならもっと余裕を持って返したかったのだけど、会話に気を取られてしまった。
「引っかかったわね悠馬! お姉ちゃんとの幸せな想像に気を取られたのね!」
いや、そっちではないけど。愛奈はそういう精神攻撃が有効だと思っているようだった。
そっちがそれなら、俺にも考えがあるぞ。
「姉ちゃん」
「なによ」
「好きだ」
「ほえ?」
急に言われたことで、愛奈の動きが完全に静止。その横で羽がぽとりと落ちた。
「よし、俺の勝ち」
「いやいやいやいや! 待って! なに今の!? 急に告白されても困るのだけど!?」
「告白じゃないからな」
「じゃあなんなのよ!?」
「弟として、日頃頑張ってる姉ちゃんに感謝の言葉をかけたんだ」
「そ、そういうんじゃないでしょ今のは!? いや嬉しいんだけど! 嬉しいわね! 悠馬、もう一回言って! 今度は気持ちを込めて」
「嫌だ」
「なんでよー!?」
こっちに詰め寄りながらせがむ愛奈を、俺は軽く受け流した。




