12-8.みんなで過ごす新年
ところが愛奈は、遥の口にした言葉に得意げな反応を見せて。
「そうなのよねー。遥ちゃんはあくまで、悠馬のお友達。なんかいろんな事情があって一緒に住んでるだけの、ただのお友達なのよねー」
「愛奈さんにそんな言い方されるの、すごくムカつきますね」
言い合いが始まるのかなと思ったら、インターホンが鳴った。
今日はこれ以上の来客の予定はなかったはずだけど。
愛奈の肩が、ピクリと震えた。
近くにいた俺がモニターを覗くと、スーツ姿の樋口と着物姿の澁谷がいた。
『明けましておめでとう。暇だから酒と寿司持ってきたわよ。この正月くらいは魔法少女の出番がな―――』
既に酔ってるのか、インターホンで魔法少女の話題を出してくる。御共夫妻に聞かれないように慌ててスピーカーを切る。
「遥。樋口と澁谷の分もコップを用意してくれ」
「うん。わかった。なんか来客多いねー」
「本当にな」
「もー。ふたりとも、来るなら先に連絡してくれればよかったのに」
愛奈が、なぜか安堵したという様子で壁にもたれかかった。
なんなんだ。
とにかく、俺は玄関まで行ってふたりを出迎えつつ、魔法少女の事情を知らない人が中にいることを樋口たちに伝えた。
「了解了解。じゃあ、わたしはただの知り合いの樋口一葉ってことにするわね」
「下の名前は名乗るな」
確実に偽名か、変な名前の人だと思われる。
「あ、ていうかわたし、あの夫婦と会ってるのよね。レールガンの一件で、ホテルの地下で。ハンターのためにレールガンの取り外しをしてる所をしっかり見られてる」
「そうなのか」
「魔法少女の関係者と思われてるわよね。素性は明かしてないけど」
「それを言うなら、テレビもふもふのアナウンサーであるわたしも、魔法少女の関係者と言えますね」
「それはたしかに」
あの夫婦は仕事が忙しいからテレビなんて見る暇ないだろうし、澁谷の顔は知らない可能性はあるけど。それでも危険ではあるな。
「まあいっか。ここまで来て、会えないって帰るのも変だしね。お邪魔するわよー。愛奈、酒と寿司、テーブルに置いちゃっていい?」
「いらっしゃい、樋口さん。なんか今日、お寿司ばっかり来るわね……。澁谷さん着物似合ってますね!」
「ありがとうございます、愛奈さん。それから……初めまして。つむぎちゃんのご両親、でしょうか?」
「そうよ澁谷。このふたりが御共夫婦」
と、樋口は堂々とつむぎの両親の前に姿を現した。
「前にも会ったことがあるわよね。わたしは樋口。警察の人間よ。あの時は偶然、魔法少女が困ってる現場と遭遇したから手伝ってたの。市民を守る警官の義務としてね。ちなみに愛奈とは、個人的な知り合い」
「そ、そうなのですか……」
樋口はそれで押し切ろうとしたらしい。警官で、詳しいことはあまり話せないとかそんな感じで。
「初めまして。テレビもふもふのアナウンサーの、澁谷梓です。夏の28時間テレビのドキュメンタリー撮影で遥さんや悠馬さんに協力してもらって縁で仲良くなりました」
澁谷はもう少し自然な嘘をついて、御共夫妻を丸め込もうとした。
「アナウンサーさん?」
「知ってる?」
「テレビ見ないからなあ……」
仕事が忙しい夫婦は案の定、澁谷の顔を知らないようだった。それは好都合でもあるのだけど。
「まあまあ。自己紹介も済んだことですし。みんな飲みましょう。飲みますよね?」
一応、ここの家長である愛奈が家長らしく話をまとめた。つむぎの両親にもビールを勧める。
「今日はつむぎちゃんと一緒に泊まっていくんですよね? いえ、その言い方も変ですけど。えっと、とにかく家で一緒に夜を過ごす」
「は、はい。ではいただきます」
「どうぞどうぞ。遠慮なく。楽しい新年になることを祈って。かんぱーい!」
と、愛奈は成人組たちにどんどん酒を勧めていった。
「お父さんお母さん。今夜は一緒なんだよね? 明日の夜は?」
と、つむぎも少し期待がこもった眼差しで尋ねる。夫婦は顔を見合わせて。
「本当はお仕事が忙しいんだけど、三が日くらいはつむぎと一緒にいたいなって思って。どうかしら。一緒にお出かけしたり、お家でゆっくり過ごしたりして」
「やったー! お母さん、動物園行きたい!」
「ええ、行きましょう」
「えへへー。絶対だからね! ラフィオも一緒に行っていい?」
「いや、ここは家族だけで行くべきだと僕は思うな」
「いいわ。ラフィオくんも一緒にお出かけしましょう」
「えー……」
「やったー!」
戸惑いながらも、嫌な顔をするわけにはいかないラフィオと、大喜びでラフィオに抱きつくつむぎ。
あまり露骨なことはするなよ。付き合ってることは内緒なんだから。もはや公然の秘密と言うべきかもしれないけど。
そんな風に、元日の午後はワイワイと賑やかに過ぎていった。
やがて客人たちは帰っていった。大人たちはだいたい酔っ払っていたけど、なんとか帰れるだろう。
つむぎは両親と共に隣の自宅に戻っていく。家族水入らずの時間を過ごすというわけだ。さすがに、ラフィオがそこまでついていくわけにはいかない。
「ふー……」
小さな妖精姿のラフィオがテーブルの上で、気が抜けたようにうつ伏せになっている。
「なんというか、久々にあいつから解放された気分だ」
「そこまでか?」
ラフィオは自分の部屋を持っている。夜とかはひとりの時間を過ごせるはずだ。
「それはそうなんだけどね。違う家にいるというのは、やっぱり違うんだよ」
「わかるなー。すぐに会えるとしても、同じ家にいるって方が近さは感じるもんねー」
この家での同居を押し通した遥が、真逆の観点から同意した。
そういうものか。




