12-6.双里家の訪問者
やがてふたりは双里家のマンションの最寄り駅につく。
手ぶらで訪れるのもなんなので、近くのスーパーでお土産でも買おうか。この時期に親戚が集まる時なんかは、スーパーの大きめのパック寿司とかをみんなで食べるイメージだ。
スーパーの側も、その需要を見越して大きめの寿司を用意していた。よし、買おう。人数も多いから消費しきれるだろう。
インターホンを鳴らすと。
「うわー!? もう来た!?」
扉の向こうから、愛奈の慌てた声が小さく聞こえた。それから。
『はい! どなたさん!?』
「わたしです、先輩。あけましておめでとうございます」
『あー。麻美と剛か。あけましておめでとうございます。ちょっと待ってて。開けるから』
なんだか、他の人の訪問も予定されてたみたいな言い方だった。
直後のガチャリと扉が開いて。
「さあ、入って入って。ふたりとも年賀状ありがとね。悠馬たち、お返ししないといけないって、ちょっと驚いてたわ」
「お返しなんていいですよ。僕が勝手に出しただけですから」
「だったらありがたいけど。悠馬たちにも後で言ってね。あ、麻美これ。年賀状のお返し。手渡しだけどいいわよね?」
「はい、ありがとうございます、先輩。自分でも、年賀状なんて面倒な作業だと思って、本当は出したくないんですけどね」
「年寄りは好きだから、付き合わないといけないのよねー。ほら、わたしの所にもこんなに」
リビングに通された剛たち。テーブルの上に乗った年賀状の山をを示す。
剛の家には毎年これを遙かに凌駕する量の葉書の応酬があるわけだけど、それは岩渕家が社長だからだ。
いち会社員でしかない愛奈もそれだけの作業があるというのは、素直に驚きでしかない。
とはいえ年賀状なんて、絵柄を印刷すればあとは短いメッセージを書けばいいだけのこと。愛奈がやり取りしているのも、そんなものだろう。
なのに年賀状の山の一番上の葉書には、メッセージがびっしりと書き込まれているようで。よく見れば他の年賀状にありがちな、干支やその他おめでたそうな図案も描かれていない。
これだけ年賀状ではないような雰囲気を醸し出していた。
剛の視線に気づいた愛奈は、その葉書を手にとって背中に隠した。
誰かから来た手紙なのに、無造作に握りしめるような持ち方だった。
それから、取り繕うような笑顔を見せた。
「あ、そうだお茶出しましょうか」
「後で遥ちゃんたちが怒るでしょうから、お構いなく」
さっきの葉書について気づいていない麻美は、愛奈によってキッチンが散らかることを心配しているみたいで。
「あはは、そうよね。じゃあ水かお酒出すわねー。ふたりはゆっくりしてて。テレビでも見て」
そして愛奈はスマホを手に取りキッチンへと向かう。
コップと冷蔵庫の中のお酒を取るだけなのに、少し時間がかかっていた。
よく見れば、愛奈は物陰に隠れた途端にスマホで誰かへメッセージを送っているようだった。
なにか事情があるのだろうな。自分が詮索することではないと、剛は見ないふりをした。
すると直後にインターホンが鳴った。愛奈がぴくりと震えるのが見えた。
それでも無視するわけにはいかず、少しぎこちない声でモニターに目をやった。
「はい」
『御共です。娘がいつもお世話になっています』
「あ、いらっしゃい。ごめんなさい、つむぎちゃん、悠馬たちと初詣に行ってて。もうすぐ帰ってくるはずなんですけど。どうぞ上がってください」
どうやらつむぎの母親らしかった。玄関の方を見たら、父親もいるらしい。
普段は仕事が忙しいから帰ってこれないけど、正月くらいは休める。そういうことなんだろうな。両親もつむぎが双里家にお世話になってることは承知してるわけで、こっちに来たということ。
少し緊張していた様子の愛奈は、訪問者が御共夫妻だと知って安堵した表情になった。
誰か、望ましくない相手の訪問でもあるのだろうか。さっきスマホを触っていたのは、訪問をやめさせるメッセージを送るためとか?
どうやら愛奈の危機は過ぎ去ったらしい。それは良かったのだけど、今度は剛にとって気まずい時間が来た。
「お邪魔します、えっと……」
「あ、お世話になります。愛奈さんの会社の後輩の、市原と申します」
御共夫妻にとって、こっちはまったく知らない相手。麻美は愛奈の同僚で、普段からお世話になってるから訪問していることに誰も疑問は持たない。
問題は剛だ。
自分は双里家にとってなんなんだ。悠馬の知り合いなのは間違いないにしても、どっちかと言えば遥の知り合いと言った方が正しいわけで、けど御共さんは遥の存在を知らない。
麻美の恋人だから一緒に来たのだけど、悠馬の知り合いがその姉の同僚とも繋がりがあるってどんな状況なんだろう。魔法少女の件を隠した上でそれらしい説明をするのは無理だ。
あと、今のところ御共夫妻はこっちを女だと思っている。女装して戦ってそれを世間に信じ込ませている身としては、うまく出来たのは嬉しい。けど今はちょっと問題だ。
このまま女の子として振る舞うべきか、それとも男だとバラすべきか。バラすならすぐにやった方がいい。後になるほど言いにくくなる。
でも、いいのか? 双里家が、女装するような奴と仲良くしてるって、この夫婦に教えても。そんな家に娘を預けてるだなんて知られていいのか?
いや、女装は今や立派な趣味だ。テレビでも、女装家が普通に出演するとかはよくある。そういうのを見慣れている人なら、剛の個性も受け入れてくれるはず。
駄目だ。よく考えればこの人たち、仕事が忙しくて帰れないわけで。テレビなんか見てる暇があるはずない。
じゃあ、このまま女の子として振る舞い続ける? でも、この後悠馬たちが帰ってくるんだぞ? 誰かがこっちを、剛と男の名前で呼んだ瞬間にアウトだ。
双里家に変な印象を与えるわけにはいかない。魔法少女として戦うのに、彼女たちが同じ家にいることは大きな意味がある。この判断に、魔法少女たちの、そして世界の命運が掛かっていて。
「彼はわたしの彼氏の岩渕といいます。悠馬くんと同じ高校で、知り合いなんです。ね?」
「え? あ、そうです。岩渕と申します」
麻美は困っている剛を見て、なんでもないように彼氏だと言い切った。




