12-5.絵馬に託す夢
他の絵馬を見たけど、そんなことはなかった。魔法少女たちが特別欲張りなだけらしい。
「ラフィオのお願いは?」
「キエラを殺す」
「わかりやすいけど、そんな残酷なこと書いちゃ駄目だよー」
「お前に倫理を諭される日がくるとはな。じゃあ、怪物騒ぎを早く終わらせる、と」
「うん。あと、わたしとの結婚のこと、ラフィオも書いて! ダブルでお願いしたら神様も聞いてくれると思うから!」
「そういうものではないだろ。……つむぎと、今年も変わらず仲良くする、と」
「んー。まあいいか。吊るしに行こ!」
結婚なんて表現をラフィオはしなかったけど、つむぎは満足したらしい。
書いた絵馬は吊るすもの。みんなそっちに向かっていった。
俺以外は、という意味だ。
「悠馬も早く書いてねー」
「わかった」
別に大した願いもない。さっき神前で願ったのと同じこと。家族がこれからも平穏で幸せになりますように。
遥たちは既に売店でお守りを買うとかそんな話をしていた。俺はといえば、みんなから一拍遅れて絵馬を吊るしに行ったわけだ。
そこで。
「あ……」
ひとりの少年と目が合った。
昨日、俺に打球をぶつけかけた子だった。
「あの、昨日はすみませんでした。本当になんともなかったですか?」
礼儀正しく頭を下げてから尋ねた。
「なんともないよ。頭に当たったとかじゃなくて、ちゃんと受け止めたから」
「良かったです。けど、手首を痛めたりとかは」
「本当になんともないから」
返事をしながら、少年の絵馬を見る。
プロ野球選手になりたい。そう書かれてた。
「確かにアスリートにとっては、手首を痛めるとかでも大問題だよな」
「そうなんです! だから監督からも怒られて。自分だけじゃなくて他人の怪我にも敏感になれって」
「そうか。大変だったな。俺は本当になんともないから安心してくれ。……頑張れよ、野球選手の夢」
「はい! 父さんを元気づけるためにも」
「父さん?」
「あ。俺の父さん、色々あって家に帰れなかったんです。最近、ようやく戻ってこられて。野球選手の夢、父さんがすごく応援してくれてて。だから絶対になるんです」
「そうか」
父親か、いいものだな。
その父に呼びかけられたのか、少年は最後にもう一度お辞儀をして、そっちに走っていく。両親と、少年の妹らしい女の子が待っていた。
彼の父親は昨日も見た通り、どこにでもいそうな普通の男。家に帰れなかったっていうのは、仕事が忙しいとかだろう。長期の出張かもしれないし。
よくあることだ。
父親も俺の姿に気づいて、軽く会釈をした。俺もそれに応じながら、遥たちの方へ向かっていく。
「だから! お前に安産祈願は明らかに早い! 交通安全とかにしろ!」
「えー! やだ! わたしラフィオの子供産む!」
「こういう所でそういう話をするな!」
「いつか結婚するもん! というか、交通安全とかいらないもん! わたしいつも気をつけてるから!」
「通学路で猫見つけた瞬間に道路に飛び出してるじゃないか!」
その生き方で、今まで事故に遭ってないなら、確かにいらないかもしれないな。
お守り売り場でラフィオとつむぎが必死の攻防をしていた。俺だってつむぎに安産祈願は早いと思う。
「というか、遥見てないで止めてやれよ」
「あー。うん。けどなんか気になっちゃって」
「なにが?」
「ラフィオとつむぎちゃんの間に将来的に子供が産まれるとしたら、それってなんなんだろう」
「確かに」
何が産まれるんだろうな。
「なあ、悠馬……」
並べられてるお守りを見ながら、アユムが真剣な表情で訊いてくる。
「都会に馴染むお守りって、どれだ?」
「そんなものは、ない。ほらみんな行くぞ」
スマホを見れば愛奈からメッセージが来ていた。
客人が到着して、自分ひとりでは応対に無理があるなら戻ってきてほしいとのことだ。
家主なんだから、客人のもてなしは自分でしてほしいところだけど、愛奈にそれを任せるのが酷なのも事実。
騒がしいみんなの手を引っ張って、俺はマンションへ戻っていく。
――――
そこそこ大きな会社の社長である剛の父は、正月に送り合う年賀状の数もさることながら、家まで直接挨拶に来る知り合いも多い。
ちょっとしたお屋敷と言うべき家には正月早々に客人がひっきりなしに訪れて、将来の会社幹部である剛もその挨拶に付き合わされたりしてきた。
大事なことなのは理解しつつ、うんざりしているのも確か。
だから今年は、人に会う予定があるからと早めに切り上げることにした。
父は渋い顔になったけど、高校生は遊びたい盛り。母が擁護してくれたから、屋敷から抜け出すことに成功。
男の格好で家の近くの駅まで行くと、麻美が車で迎えに来てくれた。
そのまま双里家まで向かうのではなく、一旦麻美の家まで戻る。
彼女の家も代々の地主の家系でそれなりに裕福。そして家には。
「ふふっ。振り袖が何着もあるのよねー。剛くんと着物デート、してみたかったのよ」
「ええ。僕もこういう格好、憧れていました」
と、家に仕舞われていた着物を見て少しテンションを上げる。
剛は魔法少女としての色に合わせた赤い着物を選び、麻美はそれに対になるように白を選んだ。
浴衣は夏に着たけれど、振り袖の着付けは初めて。麻美は何度か着たことがあるらしく、教えて貰うと思ったより簡単に着れた。
「どう、剛くん。きつくない?」
「ええ。平気です。ちょっと動きにくさはありますけど」
「そういう格好なのよねー。電車移動だから、駅までの間歩くことになるけど、ゆっくり行きましょう」
「さすがに車では行けないですか」
「着物だと運転するの難しいからね」
そうやって、駅までゆっくり行きながら、静かな正月の街の中で恋人と語り合うのは楽しかった。
周りには剛が男だとはバレておらず、恋人というよりは姉妹とか友達に見られていたかもしれないな。




