12-3.新年
テレビ前のソファに移動して、愛奈と並んで座る。愛奈は俺の肩に頭を乗せてウトウトしていた。
「なあおい。オレ、愛奈を静かにさせるとは言ったけど、ああいう意味じゃないんだよ」
「うん。さっさと寝かせて、邪魔な愛奈さんのいない隙に年越しするってことだよね」
「ああ。なんで愛奈が悠馬を独り占めしてるんだ」
「ほら。悠馬って愛奈さんに甘いから」
聞こえてるぞ。
やがて歌合戦も終わり、年の切り替えを生中継で送る恒例の年越し番組が始まった。今年も、厳かに除夜の鐘の音からだ。アナウンサーの静かな語りで、各地の年の瀬が映される。
「今年も、あなたとお正月を迎えられるの、幸せだなって思うわ」
俺の肩に額を乗せながら、愛奈が少しくぐもった声を出す。
「ああ。そうだな」
「毎日大変だけど、毎年こうでありたいわね」
「うん。俺も姉ちゃんとこうやって過ごせて、幸せだと思う」
家族は簡単にいなくなる。それを知っているからこそ、愛奈の言いたいことはよくわかった。
そしてテレビの中でアナウンサーが零時の到来を告げて、双里家は無事に新年を迎えた。
「あけましておめでとう、姉ちゃん」
「うん。あけましておめでとう、悠馬」
静かな新年、いいな。これだけは去年と変わらない年越しだった。
「ハッピーニューイヤー! 悠馬あけおめ!」
「おい悠馬! 愛奈とばっかりくっつくんじゃねえ! オレも隣に座るからな!」
「おいこら」
遥とアユムが俺に向かって飛びかかってきた。遥は片足でそういうことするのやめなさい。危ないから。いや両足揃ってても危ないけど。
「ラフィオー。今年もよろしくね! 今年は結婚しようね!」
「よろしくなのはいいけど結婚は嫌だからな! 早すぎるから!」
「ねえラフィオ、今年の干支ってなんだっけ!? モフモフしに行きたい!」
「話に脈絡がなさすぎる! 干支ってモフモフするものなのか!?」
「そこに動物がいたらモフります! イノシシでもトラでもドラゴンでも! なんでもモフります!」
「なんで難易度高そうな相手ばかりなんだ!?」
「思ったんだけど、ラフィオ年もあっていいと思うんだよね! そうなれば日本中がラフィオのイラストで埋め尽くされるよ!」
「干支はそんな簡単に変えられる物じゃないからな!」
「でも、兎年くらいと交換できそうじゃない?」
「できないからな!」
「ネコ年と交換してもいいかな! ラフィオ、ちょっとネコさんみたいだし!」
「ネコ年は! 最初から! 無い!」
「でも、ラフィオをモフモフするのはわたしだけだから! モフモフさせて!」
「やめろー! あああああああ!」
ちびっ子たちがいつにも増して騒がしい。非日常だもんな。
まあ、この日くらいはいいか。
あいにく静かなお正月ではないけど、楽しかった。
そのまましばらく賑やかな時間が続いたけど、さすがに夜通し起きているわけにはいかず。みんなそれぞれの寝室に向かっていく。
俺も愛奈を支えてベッドに寝かせると、自室へと向かって眠りについた。
翌朝。
遥謹製のおせち料理をいただく。
愛奈とふたりで過ごしていた期間は、当然こんなものを食べるなんてできなかったわけで。
こういう正月でも、幸せだった。
「数の子うめえ……紅白なますもうまい……」
「悠馬の食いつきが予想外で驚きなんだけど」
「久々に食ったからかな。栗きんとんもいいな……」
「喜んでくれてうれしいなー。あはは……つむぎちゃんは、おせち料理久々じゃないの?」
「去年と一昨年はお正月はお父さんとお母さんが帰ってきたので。デパートのおせち買ってきて食べました!」
「おー。贅沢」
「わたしの好きな伊達巻き、全部食べていいよって言ってくれて。足らないとスーパーで買ってきてくれて」
「いいなー。家族って感じがするなー」
そんなことを話していると。
「二日酔いです……いつもよりひどいやつ……」
しんどそうな顔の愛奈がフラフラとやってきた。
「いつもより飲んだからな」
「なんか飲みすぎちゃったのよね。なんでかしら」
「なんでだろうな」
俺が飲ませたからだな。
「ほら姉ちゃん、水飲め」
「ありがと……お出汁ほしい」
まだ言ってるのか。
「お雑煮ありますけど、食べます?」
「おいしそう。いただくわ」
「お餅を喉に詰まらせるのだけはやめてくださいね」
「そんなお年寄りみたいなこと、しないわよ……」
今の愛奈はお年寄りより心配な状態ではあるから、遥の懸念もわかる。
だから遥は餅抜きのお雑煮を作って愛奈に手渡した。
「ありがとう……あー、体に染みる……」
本当に年寄りみたいな言い方だ。
「愛奈さん。後でみんなで初詣に行こうって話してたんですけど、愛奈さんも来ます?」
「無理……外に出るの嫌。歩く揺れだけで吐きそう……」
「吐かないでくださいね。ほら、お雑煮多めに用意しますので。じゃあわたしたちだけで行きますね」
「うん……あ、年賀状のチェックしないと……」
「そこに置いてる」
「ありがとー……」
テーブルの片隅に積まれた葉書の束を、愛奈は無造作に掴んだ。
俺たちは年始の挨拶を全てメッセージアプリで済ませてしまうのが普通だけど、大人は違うらしい。
愛奈みたいな若くて駄目な社会人とはいえ、葉書での年賀状をやり取りする相手は大勢いるようだ。
会社の年配の知り合いとか。他にも取引先の場合は、メッセージとかメールであけましておめでとうと送るのも変というのはわかるし、年賀状で少し格式ばったやりとりをするもの。
だから愛奈宛の年賀状は大量に来るし、愛奈も毎年年賀状を大量に出す。これが営業職の仕事のひとつだ。




