12-2.野球少年
ラフィオたちが拠点の家のリビングに石を並べるのを見てから、俺たちは改めてスーパーへ向かった。
遥の車椅子を押すのは俺の仕事だ。
途中、また河原の近くを通った。少年たちが野球をしている。
将来プロ野球選手になる者も、あの中にいるのかもな。少なくとも本人たちは、将来の野球選手を目指して本気で特訓しているらしい。
バットをブンブンと振って、飛んでくるボールを打ち返して。
「あ」
その打球のが、まっすぐ俺の方に飛んできた。
危ない。誰かが声を上げた。打球が通りすがりの歩行者の頭に直撃とか、大問題になりかねないもんな。
けど、子供のバッティングに大した威力も速度もなく、俺は片手でこれを受け止めた。
日頃から鍛えてるから。容易いことだ。
「すいません!」
すぐさま少年のひとりが駆け寄ってきて頭を下げた。小学校の六年生くらいかな。その後ろに、両親だろうか。それくらいの年齢の男女もいた。
「大丈夫だ。なんともないから。野球、頑張れよ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
爽やかな子だ。大きな声でハキハキと喋る彼と、ご迷惑をおかけしましたと謝る両親に気にしないでと返事して、ボールを返してから俺は再度車椅子を押して離れていく。
「いやー、さすがだね悠馬。あの程度の攻撃、あっさり受け止めちゃうなんて」
「攻撃じゃないけど」
「普段からもっとヤバいのと戦ってるもんね。子供のバッティングなんて余裕だよね」
「それはまあ、そうだな」
「さすがわたしの彼氏だね!」
「おい。それは違うからな!」
すかさず否定したのは俺ではなくアユムだ。
「本当は遥、悠馬の彼氏でもなんでもないだろ」
「でも、世間的にはそうだからねー」
ふたりが仲良く言い合いをしているのを聞きながら、俺は少し振り返った。
さっきの少年が父親となにか話している。怒られてるわけではなく、いい打球だったとかそんな感じの中身みたいだ。
家族っていいなと、つい先日樋口と話したことが思い出された。
スーパーも年末年始体制の品揃え。練り物コーナーには大量のかまぼこが並んでいる。レジ近くには鏡餅が陳列されている。
「年越しそば、具はなにがいいかなー?」
「わたし、うずらの卵が好きです!」
「そっかー。じゃあ買っちゃおう。てんぷらとか乗せてもいいかもねー。アユムちゃんの地元だと、どんなトッピングしてた?」
「そんな変わったもんは乗せてなかったな。おせち料理も普通のやつだったよ」
「アユムちゃんの地元でもおせち料理食べてたんだ」
「食べるだろ。てかこういうの、田舎の方がちゃんとやってるイメージあるけど」
「たしかにね! うちのおせちは現代風に、ローストビーフとか入れるよー」
「それは美味そうだな……」
と、遥はなんとなく食べたいものをどんどん指定していく。店内を車椅子で移動しているわけで、買い物かごに商品を入れるのは俺の仕事だ。
「これでだいたい足りるかな。また足りなくなったら買いに行けばいいよね。お正月でも営業してるスーパー、素敵だと思うよ!」
と、家の近くのスーパーに軽い賛辞を送ってマンションまで戻る。
帰宅した遥は早速年越しそばの準備にとりかかった。
俺たちは邪魔しないように、テレビの前に移動する。
ニュースでは各地の年末の様子が映し出されていて、やがて年末恒例の歌合戦が始まる頃に年越しそばも出来上がった。
あと、愛奈も起きてきた。
「あー。そば。好き。優しい出汁の味が染みる。二日酔いも治る気がする」
「そもそも二日酔いになるな」
「やだ。お酒は飲むの。今年も飲酒して年越すわよー」
「おい」
「遥ちゃん。いいこと思いついたの。蕎麦の出汁をいただきながらお酒飲めば、いい感じに酔いが覚めやすくなるんじゃないかしらって」
「そうですね。いいアイディアだと思うので、出汁は自分で用意してくださいね」
「えー? いいの遥ちゃん。わたしがキッチンに立つってことだけど?」
「あー! それは駄目です! 絶対に駄目!」
「わかったから。後で僕が用意するから」
どうせ粉末出汁をお湯に溶かすだけ。ラフィオが呆れ気味に言って、なんとか解決した。
大晦日も騒がしいな、この家は。
テレビではアイドルグループとその年に活躍した芸能人がコラボするとかで賑やかなステージが映ってるけど、うちはそれに負けない賑やかさだ。
「よし悠馬。今日は愛奈に酒を飲ませ続けるぞ」
「どうしたアユム」
「飲ませたら静かになる」
「……よしやろう」
正月をのんびり過ごすには、愛奈に静かになってもらわないと駄目だ。
というわけで、冷蔵庫からさらにビールを何本も取り出して飲ませた。
急性アルコール中毒とかにならないのだろうか。たぶんならないだろう。
「うへー……」
やがて愛奈はぐったりして、テーブルに突っ伏してしまう。
よし、静かになった。
「ほら姉ちゃん。寝るんだ」
「ういー。まだ……悠馬と一緒に年を越すの……」
「まったく。ほら、ソファまで来い」
さすがに、このまま愛奈を部屋まで運んで放置する気はない。
いつもより飲みすぎた酔っぱらいが無事かどうか、しばらく様子を見ないとな。




