11-51.やることは変わらない
翌日の放課後。樋口から連絡があり、俺とラフィオだけで市内にある病院へと赴いた。
以前俺も入院したことがある、警察の指示が通りやすい病院。その個室に、米原優花里はいた。その様子を彼氏と樋口が見守っていた。
俺は素顔を見せて、ラフィオも妖精姿で篤史の前に出た。別に現状、隠すこともない。
優花里は静かに眠っているようだった。
フィアイーターは、本来は睡眠など必要としない存在のはずだけど。
「コアに傷がついたんだ」
ベッドの上で横になって微動だにしない優花里を一目見て、ラフィオはそう結論づけた。
「フィアイーターを殺せるのは魔法少女だけ。……そして魔法少女が変身に使う宝石は、ある意味コアと同じようなものだ」
それは前に聞いたことがある。
似たようなものということは、フィアイーターにもフィアイーターを殺すことはできるはず。今までそんな状況になったことがないために実証はできなかったけれど、これで例ができた。
「砕くまでは至らなくても、傷がついたことで機能不全を起こしているんだ。だから眠っている。というか、意識を失っている状態」
「戻るのか?」
「……戻る。やったことはないけれど、できるとも」
ラフィオは魔法少女の宝石を作れる。ということは、その気になればコアも作れるということ。
作れるなら、修復もできる。
「ただし、ここでは無理だ。魔力が足らない。魔力の濃いエデルード世界でやらないと」
「つまり?」
「僕たちのやることは変わらない。あの家で作ってる新しい宝石で、今度こそ向こうに攻め込んで、キエラたちを倒して制圧する。そして改めてこの人のコアの修復作業をする。……エデルード世界にさえ行ければ、そう時間は掛からないよ」
「そうすれば、優花里は意識を戻すのか?」
ラフィオの話をじっと聞いていた篤史が、期待と不安の入り混じった声で尋ねた。
「ああ。戻るとも。君を愛する、元のこの人にね。エデルード世界でしか生きられないし、その状態を永遠に続けるには、少しやり方に工夫が必要だけど」
この女は恐怖がなければ地獄の苦しみを味わうことになる。エデルード世界で生きていけるのは、そこにあるメインコアから恐怖を得られるから。
キエラはメインコアの恐怖をいっぱいにすれば、特大のフィアイーターを作り出すとされている。そして人類を滅ぼす。つまりメインコアは俺たちが壊すべき存在となる。
そうでなくても、メインコアに恐怖があるのはフィアイーターが暴れているからで。俺たちはそれを許容するつもりはない。
キエラたちを倒した後に、フィアイーターに依存せずに恐怖を手に入れる方法は考えなきゃいけないな。
でも希望はある。
篤史はゆっくりと頷いた。
「わかった。あなたたちに任せます。優花里のこと、よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
篤史は、このことは他言無用という要請にも頷いてくれた。
これで、キエラたちは普通の市民をフィアイーターに変えることができるという事実が、世間に公表されることは避けられた。
優花里の家族には、行方不明になった戦闘の時に既に意識を失っていて、病院では今まで身元不明者として預かられていたという言い訳がされるらしい。
これで、この件はとりあえず解決。
しばらく様子を見たいと言った篤史を残して、俺たちは病院から出る。
「彼女の、エデルード世界へ行ける能力が使えないのは惜しいけどね」
小さい妖精姿のラフィオが、俺の頭の上で静かに語る。
「けどあの状態なら、恐怖に飢えることもない。それを感じていないのだからね。今の彼女にとっては一番幸せな状態さ」
「そういうものなのか?」
「ああ。幸せな眠りだ。夢を見ているかはわからないけどね」
ラフィオがそう言うなら、そうなのだろう。
「悪かったわね、わざわざ来てくれて。わたしから説明してもよかったんだけど、ラフィオの口から話した方が篤史も納得すると思って」
「いいんだよ。僕の仕事だ」
「ありがとう」
樋口も、大きな懸念がひとつ片付いたと、少し穏やかな顔をしていて。
「あー。もうすぐ新年ね。去年の今頃は、まさか模布市で年越しするなんて思ってもなかったわ」
「東京の年末と比べてどうだ?」
「さあ。あまり変わらないわよ。……ねえ悠馬、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれないかしら?」
「内容によるけど、なんだ?」
「デートに付き合ってほしいの」
翌日。学校も冬休みに入り、クラスメイトたちがそれぞれの年末年始に思いを馳せている中、俺は帰宅するとすぐに着替えて駅まで向かう。
いつもの私服姿と比べると、少しだけフォーマルな格好だ。スーツまではいかなくても、それっぽいジャケットを着て、その下に白いシャツ。
「ゆ、悠馬! 樋口さんとその、一線超えたら駄目だからね!」
「そうだぞ悠馬! 公安と付き合うとか、絶対苦労するやつだからな!」
遥とアユムから、焦り気味にそんな見送りの言葉を送られた。
そこまでは行かないからな。ただ、前に少し話したことを実行してやるだけだ。
模布駅の定番待ち合わせスポットである金時計の近くに樋口はいた。
普段のスーツ姿ではなく、フォーマルなロング丈ワンピース姿。それから、機能性なんてほとんどなさそうな小さい鞄。
普段の樋口なら絶対にしない格好だ。
「来たわね。さ、行くわよ」
「ああ。……樋口」
「なに?」
「いつもと違う格好で驚いたけど……似合ってる」
「ふふっ。ありがとう」
驚いたのも、普段と違う格好の樋口が美しいと思ったのも事実。
樋口は俺の言葉を素直に受け取り、微笑んだ。
模布駅から出て、そのすぐ近くの高層ビルへ向かう。
企業が多く入居しているオフィスという側面の他、映画館や高級ブランド店を含む多くの店舗やレストランが入る複合施設。
樋口は迷わず、エレベーターの上階を押した。乗っている箱が急上昇していくのがわかる。
エレベーター内の表示で、指定の階にはフレンチかイタリアンの高めの料理店があるらしいことはわかる。店名は英語ではない外国語で、なんて書いてあるのか俺にはよくわからなかった。
前に樋口の家にお邪魔した時に言ってたことを、本気で実行するわけだ。
「ねえ知ってる? こういう時、男性の方がエスコートするものなのよ」
「無茶を言うな。俺、こういう場所の振る舞いとかわからないからな」
「そうでしょうね」
「おい。笑うな」
「ごめんなさいね。けど、高校生だもの。それで当然よね。テーブルマナーとか、今夜は気にせず食べて」
「いいのか、それで」
「ええ。わたししか見てないもの」
それもそうか。樋口が気にしないならそれでいい。




