11-50.頼れるお姉さん
そのまま電源車で家まで送ってもらう。マンション入口で遥は車椅子を取り戻して、それに乗って家まで上がる。空は暗くなりかけていた。
空は暗くなっていて、昼食を食べ損なった状態で戦闘に入った俺たちは、玄関に入ると共に強烈な空腹を感じた。
「すぐに晩ごはんを作るよ。昨日の残りもあるしね。遥、一緒にやろう」
「あ、うん。そうだね……」
「どうしたんだい? 元気がなさそうだね」
「あー、なんでもない、かなー」
「遥。今日は料理作るの休むか。たまにはそういう日があってもいいと思うぞ」
「うん。ありがと……ちょっと悠馬とお話してもいい?」
「ああ」
遥の様子がおかしいのも、その理由も、俺はわかっていた。
ラフィオと、それに帯同してつむぎがキッチンに入っていくのを見送りながら、俺と遥はソファに並んで座る。
テレビでは、和服を着たおじさんたちが面白いことを言って座布団の争奪戦を繰り広げられていたのだけど、そちらにはあまり意識が向いてなくて。
「キエラの右腕、なくなっちゃうのかな」
ぽつりと話した。
さっきの戦闘で、レールガンの弾丸を受けたキエラは死にはしなかったけど、大きな傷を受けた。
遥は自分の足を見下ろしている。先端がない左足を。
キエラも同じようになるのかも。
「わたしさ、この足になって陸上部続けられなくなったこと、やっぱり悔しいって思ってるんだ」
「当然だよ。それは」
「うん。当たり前。みんなの優しさがあって、今の生活も悪くないって思ってるけど、でも足が無くなったことが良かったとは思わない。うん、それが普通だよね……で、自分たちの戦いで、誰かに障害が残っちゃった姿を見て、慌てちゃったわけです」
「うん。気持ちはわかる。……遥が一番わかるってのは、俺にはよくわかる」
「ありがと。それとね。キエラは倒すべき敵。わかってるよ。けど、ティアラちゃんもそうだけど、女の子の姿をしてる相手を殺すってのができなくて。自分の未熟さと覚悟の甘さに落ち込んでるわけですよ」
遥が前から気にしていたことが、あの瞬間に突きつけられた。
キエラが自分との戦いで、自分のコンプレックスである障害を得てしまったこと。それから、ティアラに止めを刺すチャンスを自分の甘さで逃してしまったこと。
なにより。
「愛奈さんは覚悟決まってるのに、わたしは駄目駄目だなって。そういう自己嫌悪かなー。愛奈さんには普段から、あんなに偉そうにしてるのに。勝てないなって」
「そうか……」
あんな姉だけど、そして目的も邪なものかもしれないけど、魔法少女としての姿勢は誰より真摯だ。
俺を巡って愛奈と対抗してる遥にとっては、自分は勝てないと思い知らされたのだろう。
こんな時、俺はどう声をかければいいのかわからなかった。
それでも遥は俺に慰めてもらうのを期待してるのだろうな。
「俺、そういう優しい遥のこと、好きだぞ」
だから俺は、俺に言える精一杯の慰めを口にする。
「悪い奴がいて、それを殺すってだけなら簡単だよな。楽……ではないけど、少なくとも悩まなくて済む。けど、現実はそうじゃない。だから敵に情が移ることもあるし、それは間違ったことじゃないと俺は思うぞ」
「でも、そのせいで倒せなかったら?」
「倒せる奴に任せればいい。それだけだよ。魔法少女みんな、考えてることは違うんだから。出来ることも出来ないこともあっていい。そういうことで悩める遥の優しさは、悪いものじゃない。……敵と戦う魔法少女なだけが遥じゃないんだから。戦ってない時は普通の高校生で、あんまり物騒なこと考えるのもまずいだろ?」
「うん。そうだよね。確かに悠馬の言うとおり。……ありがとう、こんな頼りないわたしの彼氏でいてくれて」
「頼りなくはないよ」
正確には彼氏でもない、と言うのを避ける程度の気遣いは俺にもできた。
結局のところ、遥の心の問題なら遥自身で答えを出さなきゃいけない。
けど、遥のことを肯定してくれる人がいるって事実は、間違いなく気持ちを軽くしたはずで。
笑みを浮かべた遥が寄りかかってくるのを、俺は拒まなかった。
――――
悠馬と遥がいい雰囲気になってるのが癪に触る気持ちがアユムにもあったけど、それを邪魔するのが野暮というのはよくわかっている。
最近知ったことだけど、ダサいって言葉の語源は「田舎」を「だしゃ」と読んだことが始まりって説があるらしい。本当かは知らないけど、アユムはもう都会人なのだからそれに相応しい振る舞いをしないと。
そんなアユムが今やるべきことは。
「おい愛奈。あのふたりに絡みには行くなよ」
既に酒を飲んでいる愛奈を制止することだ。
まったくこの人は。隙あらば飲酒をするのだから。ずっと相手してきた悠馬はすごいな。
遥と悠馬は、今は一緒にいるべきで。こいつに邪魔されるのは良くない。ああ、わかるとも。都会的な考え方だ。
一方、言われた愛奈はじろりとアユムに目を向けて。
「しないわよ、そんなこと」
コップに注いだビールを飲んで、昨日の残りのいかとんびを齧りながら静かに答えた。
「本当か?」
「ええ。まあ、悠馬にくっつきすぎとは思うけどね。あの子の悩みはわかるし、たぶんわたしが入っていっても解決しないこと。だったらわたしは見守るだけでいいの。間違った方向に行きそうになれば、止める必要はあるけどね」
そう語る愛奈の姿は、とても大人に見えた。
それがアユムには信じられなかった。
「……なによ」
「いや。だって。愛奈、なんかそういうタイプじゃねえだろって」
「ガラにないこと言ってるのはわかるわよ。けど、これでも大人だし。敵を殺さなきゃいけないってなった時、わたしが動く覚悟は常にできているわ」
大人だ。アユムの驚きの眼差しに、次第に尊敬の念が混ざっていく。それを見ながら、愛奈は口元に微かな笑みを浮かべた。
嬉しさとは、少し違うようだった。
「それにしても、殺す、か。わたしがそんなことをね」
その自嘲が何を意味するかを訊く前に、ラフィオが夕飯を食卓まで持ってきた。




