11-44.中に入れるフィアイーター
そんな移動のしかたをすれば動きは鈍いものになるし、隙だらけだ。無茶な姿勢で俺に飛びかかってくるそいつの首根っこを掴んで反対側の座席に押し付けた。ちょうど背もたれに付けられている手すりに顔が当たるように。痛いだろうな。
「よっしゃ! 開いた! おいおめぇら! 逃げろ逃げろ!」
向こうでバーサーカーの声が聞こえた。スライド式のドアを力づくで開けたらしい。
乗客たちが慌ただしく出ていく。バーサーカーは逆に乗り込んで黒タイツたちを張り手でぶっ飛ばしていた。
「ああもう! なんで逃がしちゃうのよ!」
「キエラ。わたしたちも出よう。狭い場所じゃ戦いにくい」
「そうね!」
恐怖の源がなくなったバス車内に興味を失ったというか、狭い場所でもお構いなしに暴れるバーサーカーを見て引いたらしい。ティアラが窓を殴って割って、ふたりはそこから逃げた。
「あ! おい待て!」
引きちぎるようにして持ち上げたバスの座席で黒タイツを殴っていたバーサーカー。うん、そりゃ引かれるよな。
「バーサーカー、このフィアイーターのコアはあるか?」
「わからねえ! てか中身があるフィアイーターとか初めて見た!」
「ペットボトルのフィアイーターで、中身が透けてる奴と戦ったことあるぞ。コアも丸見え」
「そんなのあるのか!?」
中に入れるフィアイーターは初めてだけど、同じようなものじゃないかな。
窓ガラスは割れるし、ドアも壊せる。構造はかなり元のバスに近い様子だ。
「おら! コア! どこだ!? 出てこい!」
意味のない呼びかけをしながら、バーサーカーが座席を引きちぎっては車外に放り投げていく。恐怖の供給がなくなったフィアイーターは回復速度が目に見えて落ちていて、座席が戻っていくようなことはない。
もちろん、土地の魔力のせいで回復はしていくけど。
どうやらその回復は、座席ではなくタイヤの方に向けられてるらしく。
「うおっ!? なんだ動いた!?」
これまで、その場で揺れるくらいだったバスが急発進した。すぐに止まったけど、多分それはタイヤに差し込んだ鉄パイプのせい。
フィアイーターが馬力を発揮すれば、そんなのは簡単に折れるだろう。大量に刺さってる光の矢もたぶん同じ。
だからバスのタイヤを攻撃し続けないといけないんだけど、ハンターたちは。
「キエラ! お前は本当に邪魔ばかりだな!」
「ラフィオ! 会いたかった! ねえ! そんな女なんかよりわたしと暮らしましょう!」
ああ。キエラに立ち塞がれていて、攻撃できないのか。
ラフィオに跨ったハンターは、キエラに注意深く狙いを定めていた。
キエラは負傷が治っていないのか少女の姿のまま。今のラフィオと同じような巨大な獣になれば、四足歩行になって腕に体重がかかる。だから今の姿になるしかない。
ラフィオと同じように、人の姿のキエラは見た目通りの少女の力しか持っていない。多少耐久力はあるかもしれないけれど。
「ハンター! あいつを殺せ!」
「うん!」
矢が当たれば致命傷になりかねない。もちろん、精神的には年齢離れしてるから胆力もあり、回避はなんとかできるだろうけど。
「キエラ!」
ティアラが前に出て矢を叩き落とした。
ああ。フィアイーターはやっぱり強いな。
ラフィオが獣のごとくティアラに飛びかかり、取っ組み合いが始まる。そんなティアラをハンターが射抜こうとして、ティアラがなんとか回避する動きが続いていた。
その間にもバスは回復し続けていて。
「うお! 動くんじゃねえ!」
「まあ、敵としては動きたがるだろうな。バーサーカー、その椅子くれ」
「お? ほらよ。重いぞ」
「確かに重い……」
バスの椅子を持つっていう経験がないし、どんな感覚か想像したこともなかったけど、毎日多くの乗客の体を受け止めているタフガイだ。頑丈な造りになっていて、重い。
それを持って俺は外に出る。
「フィァァァァ!」
「邪魔をするな」
フィアイーターが腕を振り回して叩こうとしたけど、タイヤの回復を優先していたからか負傷したままの鈍い動きだった。
それを椅子で叩き返して弾くと、俺はその椅子をバスの前輪のタイヤと車体の間にねじ込んだ。
「フィアッ!? フィアァァァァ!」
「うるせえな! 止まれ!」
「フィアァ!!」
「うおっ!?」
車輪のひとつが動かなくなって、それでも無理やり駆動しようとした結果、車体が横滑りしてきた。しかも俺の方に。
慌てて目の前にある扉から車内に飛び込んで追突を避ける。
その際、運転席が見えた。
バーサーカーは相変わらず、客席を引きちぎりつつ中にコアがないか探してるけど、そういえばコアって胴体か頭にある気がする。
「バーサーカー! 運転席だ! そこを探せ!」
「お、おう! 悠馬はこいつの動き、なんとかしてくれ! まだ揺れてる! うおっ!?」
運転席側に来ようとしたバーサーカーが揺れるバスのせいでバランスを崩して、俺は咄嗟に受け止めた。柔らかい感触が伝わるけど、今はそんなことしてる場合じゃなくて。
「わ、悪ぃ! とにかく悠馬、こいつの動きを止めてくれ! 頼むぞ! うおおお!!」
バーサーカーも恥ずかしさを感じていたのか、それを誤魔化すために必要以上に気合いを入れて運転席の破壊を始めた。
全力を出してくれるなら、それに越したことはない。




