11-40.三体のフィアイーター
警察の車両に優花里と篤史を乗せて、市内へ向かっていく。と言っても、見かけは普通のセダンだ。
制服警官が運転していて、樋口は助手席だ。
優花里にずっと叫ばれているわけにはいかず、タオルを口に咥えさせて噛んでもらうことに。優花里は素直に命令に従ってくれて、想像を絶するような飢餓感を叫びに置き換えるのを耐えていた。
「優花里……本当にごめんな。俺が目を離したから。もう少しで、優花里と一緒に過ごせるようになるんだよな?」
後部座席で隣に座り、篤史が彼氏に気遣わしげな声をかけている。
樋口だってそうしてあげたい。
明日にでも、魔法少女たちへ声をかけて向こうの世界へ攻め込んでもらわないと。そう考えていた所、運転手が急にブレーキをかけた。
市内を走る太い幹線道路を大型トラックが逆走していた。いや、よく見るとフロントガラスに顔がある。
それは周りの車を蹴散らしながら、まっすぐこちらに向かっていた。
「逃げて! 敵の狙いは優花里よ!」
「む、無理です!」
運転手に命じると、震えた声が帰ってきた。
彼の目はバックミラーに向いている。樋口も振り返ると、後ろには後続車が何台も。前の方の車の中には暴走トラックの存在を見たのかオロオロする運転手がいる。
もっと後ろの車は状況がわからず、赤信号でもないのに急停車した前方車に苛立ってクラクションを鳴らしている。
そんな車に、別のフィアイーターが激突して道路脇に追いやった。大型の路線バスの形をしていた。
トラックもバスも、車の側面から腕が生えている。それで邪魔な車はどかして、あるいは自身の馬力で追突して排除しながらこっちに向かってくる。
当然、大量の黒タイツも引き連れていた。
そして、この車に逃げ場はない。道の横にはガードレールが並んでいて、それが途切れている箇所は近くには見当たらない。
「敵はこっちにぶつかってくるはず! 避けて!」
トラックがこっちに猛突進してくる。完全な回避はできなくても、正面衝突は避けたい。
運転手がかなり狼狽えながらも車を発進させた。直後、車の後部にトラックが激突。
強い衝撃と共に車が横に転がってひっくり返る。
一瞬だけ意識が遠のきかけたけど、もちろんそんな暇はなくて。
「ああもう……痛いじゃないの。みんな無事?」
「無事……です。篤史も生きています……」
タオル越しのくぐもった声。優花里が咄嗟に彼氏を庇ったのか。人外の力を持っているなら、耐久力も人間よりは強いのだろう。
さすがに大型バスに直撃されてもそうってわけにはいかないだろうけど。
隣の運転手は……生きてるな。ただし気を失っている。
「車から出るわよ。すぐに黒タイツに囲まれる」
樋口はすぐさまシートベルトを外す。ひっくり返った車内でそれに吊るされてる形だったから、樋口の体は重力に従って車の屋根に落ちた。
屋根に手をついて、それの衝撃を最小限にとどめてから車のドアを蹴破った。
外では、案の定黒タイツがこちらを囲むように駆けているところだった。
多いな。フィアイーターが二体いるのだから当然か。
即座に拳銃を出し、黒タイツの胸に向けて発砲。警察に入った時はまさか銃を使う機会が来るとは思ってなかったけれど、こんなことになるなんて。それでも躊躇いはなかった。
命中した途端に黒タイツは死んだけど、すぐに後続が来る。次々に発砲していけばやがて弾は切れる。
無用になった拳銃はすぐに捨てて、体術での戦闘に切り替えた。
しかし、どちらかと言えば樋口へ向かってくる黒タイツの数は少ないようだった。
「優花里、敵の狙いはあんたよ! 彼氏を連れて逃げなさい!」
こちらにぶつかったトラックのフィアイーターも、フロント部分をかなり歪めながらもすぐさま襲いかかろうとしている。
優花里は篤史の体を支えながら外に出ていた。そこに黒タイツが襲いかかる。
「来ないで!」
鋭い叫びと共に、優花里が黒タイツに手を伸ばして首を掴み、力任せに投げる。相変わらず技術も何もあったものではないが、腕力だけで黒タイツの首は折れた。
それでも他の黒タイツやトラックのフィアイーターが迫ってくる。優花里はそれら全てに対処することはできないとわかっているらしい。
敵の薄いところに走っていって、黒タイツを突き飛ばして逃げる。フィアイーターたちが追いかけていく。
このまま逃げられればいいんだけど、敵は何体もいる。フィアイーターだけでも二体。いや……。
「三体目。敵も本気ね……」
ひょろ長いフィアイーターかいた。
道路脇に立っている街頭から作られたものだろう。茶色い鉄製のポールから、同じく金属製っぽい手足が生えている。電灯部分が顔だ。
体が細長いから手足も細長い。それで優花里たちの行く手を遮ろうとしている。
周りの車の中にいた人間たちは、みんな怪物の存在を前にして車を乗り捨て逃げているようだ。無関係な市民に被害が出ることはなさそう。それは良かった。
いや、待って。どこかから悲鳴が聞こえる。これは。
「フィァァァァァァ!」
路線バスのフィアイーターを見る。顔が浮かび上がったフロントガラスの向こうに、いくつもの人影。
まさか、乗客がいる状態でフィアイーターになったの? 中の人は無事? 悲鳴を上げて助けを求めてるなら、彼らは怪物化などしていない普通の人間なのだろう。
ならば助けないといけない。
樋口ひとりだけで対処は無理だ。
ああもう。早く来なさいな、魔法少女たち。




