11-39.ペンギンのぬいぐるみ
ガラスの向こうに並び立つ潜水服のふたりは、見たところ前と同じような姿をしていた。
子供たちからは恐怖の象徴みたいな扱いをされている潜水服だけど、大人になればなんだかんだ親しみの対象に変わる。この水族館の職員もそれをよくわかっているから、修復を速やかに行ったのだろう。
聞いた所によると、人気に後押しされる形でグッズ化もされているらしい。
「こ、これ、前に戦った潜水服なのかい? なんというか……怖い」
「おう。なんだこれ。急にこんなの出てきたらビビるだろ」
こういう形で展示されていることを初めて目にするラフィオとアユムは引いていた。アユムは特に、存在すら知らなかったわけで。
「確かにこわいよねー。わたしもそうだったよ。けどラフィオ、よく見たら格好いいよ?」
「そうかな? 格好いい……? いや怖いな」
「なあ悠馬。都会の人間は、これを喜ぶのか? オレ、めちゃくちゃ怖いんだけど」
「俺も初めて見た時は怖かった。小さいガキだったし。けどいつの間にか見慣れるって感じだな」
「これが怖くなくなった時に、大人になったんだなーって実感したなー。そういう意味で、潜水服さんたちは街の子供たちの成長を見守ってるわけだよね」
「意味がわからねぇ……普通に怖いから……」
時間を置いてもう一度見たら、印象が変わるだろうさ。そうなればアユムも立派な模布市民だ。
深海コーナーから抜けて、ミュージアムショップへ出る。ここで飼育されている生物たちのぬいぐるみをはじめとして、各種のグッズが売られている。
「ペンギンさん! ペンギンさんのぬいぐるみ買う!」
「おい! はしゃぐな! 走るな!」
「むぎー!」
ラフィオに腕を掴まれながらも、つむぎはぬいぐるみコーナーへ向かおうとする。
こいつ疲れ知らずか。
「ラフィオ、どのぬいぐるみがいいかな!?」
「僕にはよくわからないよ」
「青いペンギンさんとピンクのペンギンさんがあるね。ふたりで買お?」
「……それはちょっと興味がある」
なんだよ。ペアルックみたいな発想かな。
「!! 悠馬わたしたちも同じことしよう! ピンクのペンギンさん買うから! 悠馬は青いの買って!」
「おい! オレもピンクのやつ買うぞ!」
「じゃあわたしもやるわよ!」
お前らなんなんだ。
「そんなペンギンばっかり買っても仕方ないだろ」
「仕方無くないもん! なんか、カップルで持ってるっていいじゃん!」
「カップルだったらな!」
自分こそが俺の女だと主張する三人に囲まれるって、意味わからないからな。
そのうちひとりが実の姉っていうのもわからない。
けれど結局、俺は青いペンギンを買うことになった。手のひらサイズの、そんなに値の張らないやつだ。
先にレジに並んでいるラフィオたちと合わせて、合計で青いペンギンが二体とピンクのペンギンが四体が購入された。俺たち六人でゾロゾロとレジの前に並ぶ。
本当に、どういう状況だ。
「わはー。ペンギンさんかわいい! モフモフ! ラフィオとお揃い!」
買ったばかりで商品タグもついたままなペンギンを抱きしめたつむぎは幸せそうで、その光景は微笑ましかった。
水族館から出る時は俺が遥の車椅子を押す。買ったペンギンは遥が膝の上で抱えていた。
青とピンクのペンギンが寄り添うように並んでいる持ち方をしているのは、遥の明確な意図が感じられる。まあいいんだけど。
「帰り、どこかに寄っていく? ご飯食べるとか」
そう言う愛奈の足は自然と水族館近くの商業施設に向いているようで。俺たちにも異存はなくて、それについていく形になって。
「……出たよ」
不意にラフィオが静かに言った。直後、俺たちのスマホが警報音を鳴らした。
フィアイーターが出たらしい。
――――
「キエラ、傷の具合はどう? まだ痛む?」
「正直、痛いわ。けど大丈夫。行ける」
「待って。無理しないで」
起き上がろうとしたキエラを、ティアラは慌てて止めた。
キエラが負傷してまる一日。肩に矢が刺さったのだから、そんなに早くに元に戻るなんかありえない。
ティアラは何かで見た記憶を頼りに、包帯で彼女の腕を首から吊るすような形にした。腕の怪我の処置なのは知ってるけど、肩を動かさない効果もあるはず。動かさず安静にしてれば傷はいつか治るはず。
今のところ、優花里がまた来る気配はない。つまり、今彼女は恐怖の欠乏に苦しんでいるはず。
来ていないなら、キエラの回復を待てばいい……とはいかなかった。
「優花里の力を使って魔法少女たちがこっちに攻めてくれば、どの道この体で戦わないといけない。いつ来るのか、それは誰にもわからない。だったら、こっちから行ったほうがいい」
キエラは改めて起き上がった。
「優花里の居場所はわかるわ。そこにフィアイーターをぶつけて殺す!」
本気の目だった。
コアを三つ取り出して、人間界へ続く穴を作り出して優花里の所まで向かう。
――――
山あいの小屋の中で米原優花里を一晩匿った樋口は、ここにずっと居させるわけにはいかないと結論づけた。
人通りが少ないと言ってもゼロではない。さすがに深夜はその心配はないけれど、日中は人が近づく。
警察の力で規制線を張ったとしても、永遠にそれを続けるわけにはいかない。
そして米原優花里は、今も恐怖の欠乏に苦しんで大きなうめき声を上げている。声が外に漏れて、優花里の存在が明るみに出るのはまずい。
それから稲山篤史のことだ。彼は優花里から離れようとしない。
小屋の中には立ち入らせなかったが、入口に居座って退去の指示には従わない。
彼を、ずっとこの屋外にいさせるわけにはいかない。
だから優花里の移送を決定した。とりあえずは、市内の病院だ。警察の無茶な指示が通りやすい、懇意にしている病院の個室。
そこに防音設備を整えて保護しよう。ここなら篤史も一緒にいられる。




