11-36.家族とクリスマス
「つ、剛くんが模布大受けるのって、わたしのためだったの!?」
「そうですよ? もちろん、父に言った理由も本当ですけど」
「そ、そうだったんだー」
「ねえ麻美さん。思ったんですけど、僕もう成人してるんですよね。高校卒業したら、もう正真正銘の大人です」
「は、はい。そうですね。えっと、なんでしょうか!?」
剛が麻美に顔を近づける。麻美の顔が真っ赤になってるのは、たぶん酒のせいだけじゃない。
「か、顔が近いわよ剛くん。駄目駄目、みんな見てる」
「ふふっ。高校卒業したら、剛って呼び捨てにしてくれますか? 僕も敬語はやめますので」
「え、ええ。そうね……た、対等な感じに……」
「そう。対等な関係。大人同士の関係ですね」
「うあぁ……」
至近距離から恋人に微笑まれて、麻美は返事ができなくなってしまう。椅子から立ち上がって逃げようとしたけど。
「まあまあ麻美。そう急ぐことないわよ。ねえ、剛と付き合うって、普段どんなことしてるの? てかどこまで進んだの?」
「ひえぇ。先輩……」
愛奈に腕を掴まれて阻止されてしまった。
「ほら。いい機会だから全部話しなさい! 酔った勢いってことにすればいいから! ほら! わたしの酒が飲めないって言うの!?」
「ご、ご勘弁を! 堪忍してください先輩!」
「麻美さん。どうして僕以外と話してるんですか?」
「剛くんまで……あああ! どうしよう逃げられない」
後輩に言い逃れできないアルハラキメるなんて、とんでもないサンタクロースだ。てか、剛も酔ってないか? 酒を飲んだというより、雰囲気に。
「大人の恋愛って感じがして、いいね!」
「なあ遥。助けなくていいのかな?」
「いいんじゃない? 麻美さんも、ちょっと楽しそうだし」
「……確かに」
迫られて困ってる様子の麻美だけど、口元はちょっと笑ってるようだった。
「あ、このサーモンのカルパッチョ美味しい。味付けなんだろ。ほら、みんなも食べて」
「な、なあ悠馬。カルパッチョってなんだ? オレ田舎者だからわかんないんだけど、クリスマスってこういうもの食べるのか?」
「カルパッチョが何かは俺も説明できない。けどこういう食べ物だ。別にクリスマスじゃなくても食べる」
「そっか。……お、うまいな。クリスマスってチキンのイメージあるけど、鮭もいいんだな」
たぶんアユムの実家では、ここまで豪勢なクリスマスを過ごしたことがないのだろう。俺も同じだけど。
だからアユムの楽しさが、俺にはよくわかった。
「うひー。後輩からかってたら飲みすぎたかもー。悠馬、水ください……」
すると愛奈がフラフラと寄ってきて、俺にもたれかかった。椅子の後ろから俺の体に手をまわし、俺の頭に顎を乗せる。
「自分で行ってこい」
「やだー。てか、ノンアルコール飲ませて」
「自分で飲め」
「自分で飲んだら、なぜかコップにはアルコールが入ってるのよねー」
「こいつは駄目だ……」
愛奈のコップを分捕り、ジュースを注いで渡してやる。
「悠馬って本当にお姉さんに甘いよねー」
「自覚はある……」
「ういー。お姉さんじゃないわよー」
「うわ。ジュース飲んだのにまだ酔っ払ってる」
「一杯だけ飲んだ直後に良くなりはしないだろうからな」
「絡み酒ってやつか。オレの親父もひどかったな」
「青少年たちー。飲んでるかー?」
「青少年はつまり未成年なんです。飲んじゃ駄目なんですよ!」
「わたしが許します!」
なんて奴だ。魔法少女なのに子供たちへの規範になる気が全くない。
「あははー。ノンアルコール飲んだらなんか、もっと飲めそうな気がしてきたわ! 今夜は飲むわよ!」
「よし、これは駄目だ。アユム、愛奈を部屋まで運ぶぞ。そこで縛り付ける」
「お、おう!」
「ぎゃー! 待って! わたしまだ退場したくない! てかサンタさんを縛るとか悠馬すごい性癖してるわね!」
「人聞きの悪いことを言うな」
クリスマスでも、愛奈は結局変わらなかった。その様子に安心できるとか、そんなことはないからな。
愛奈が断固として部屋へ連れ戻されるのを拒否したため、それは断念となった。床に胡座を組んで座り込む愛奈が暴走しないように、俺はその隣に座って見張りつつフライドチキンをかじる。
美味い。
「悠馬。せっかくだから前に座ってよ」
「断る」
「なんで?」
「姉ちゃんが床の上で胡座で座ってるからだ。せめて正座しろ」
「うん……」
スカートでそんな座り方したら、下着が見えてしまうから。
まさか見せるためにやってるんじゃないだろうな。弟を誘惑するとか。こいつならやりかねない。
「あははー。そうね。うん、駄目よね。はい」
格好以外は全てがサンタクロースらしくない愛奈だけど、さすがにそれは恥ずかしかったらしい。座り直した。
それから、俺と対面しろと言ってくるでもなく、俺の肩にもたれかかった。やってることが支離滅裂だ。
ただ、愛奈が楽しそうなことは間違いなくて。
「はー。悠馬と過ごすクリスマスで、今までで一番楽しかったかも」
「うん。そうだな」
「クリスマスが、ようやく我が家にも来たねー」
「来たな。久々の楽しいクリスマス」
「うん。すごく、楽しい……」
結局愛奈は飲みすぎて、しばらくしたら眠りに落ちてしまう。なんて幸せそうな寝顔なんだろう。
やってることが無茶苦茶? 愛奈だから仕方ないさ。
眠る愛奈を部屋まで運んで、コップに水を入れて室内のテーブルに置いておいた。
それから、すやすやと眠る姉の頭をそっと撫でる。
「メリークリスマス、姉ちゃん」
しばらく、その様子を眺めていた。




