11-33.恐怖を守れ
薬局で、消毒液と包帯と綿を買ってお金を払わずに戻る。それからキエラの服を脱がした。
「大丈夫だから。ちょっと痛いけど我慢してね」
消毒液を綿に含ませて傷口に当てる。キエラが苦しそうな声を上げるけど、なんとか押さえつけた。
「ええっと。こうやって消毒して、それから綺麗な綿を傷口につけて、包帯で巻くんだっけ……」
正しいやり方なんかわからない。怪我をして、親から処置された記憶なんかない。テレビでそういうシーンを見たことも多くはない。
ただ、こんな感じだろうでやってるだけ。
それでも包帯を巻かれたキエラの姿は、それっぽくはあった。
少しすれば痛みも収まったのか、キエラもおとなしくなった。
「ありがとう、ティアラ。あなたは偉いわ」
「ううん。大丈夫? 痛む?」
「ちょっとね。けど、かなりマシになったかな……」
弱々しい笑うキエラに元気がないのは、痛みが原因ではないのだろう。
ラフィオにつきまとう青い魔法少女にやられた。その事実がショックなんだと思う。
「キエラ、どうする? やり返しに行く?」
「ええ。もちろん。この傷が治ったらね」
「どれくらいで治るかな?」
「明日とか?」
「それは急すぎるかな……ん?」
ふと、外で音が聞こえた気がした。
そんなことはありえない。この世界にはキエラとティアラしかいない。ふたりが小屋の中にいる以上は、外には誰もいないはず。
いや、いるとすれば。
キエラにはその場で寝てるように言った上で、ティアラは小屋の扉をそっと開けた。
優花里が、メインコアに手を当てていた。
「優花里っ!」
「!」
思わず声をかけると、彼女は驚いた顔を一瞬だけ見せてから、穴を作ってどこかに消えてしまった。たぶん地球に帰ったのだろう。
フィアイーターになった彼女は、地球では長時間いられない。無理に滞在し続けることはできるけど、そんなことをすれば地獄の苦しみを味わうことになる。
実際に優花里は直面してしまった。そして耐えきれずにこちらへきて、恐怖が集まるメインコアからいくらか回収した。見つかったから逃げた。
けど、彼女はいずれ戻ってくるだろう。
「まずいわね」
キエラにそのことを伝えると、彼女も懸念事項なのはわかっているらしい。
「せっかく集めた恐怖。わたしのお友達が使うのはいいのよ。けど敵が使うのは駄目」
「うん。それもあるけど」
大事なことを、キエラは見逃しているようだ。
優花里の力があれば、ラフィオや魔法少女たちがこちらに来れるということを。
たぶんキエラは、ラフィオが来るという事実を聞いた途端に喜ぶだろう。敵がこちらの本拠地に攻めてくる重大さよりも、好きな男の子と会えることの方が大事。
少し羨ましいけど、それどころではない。
こちらを討ち取りに来る。あるいはメインコアを見つけて破壊を試みるかも。
そうなればティアラは恐怖が得られなくり、終わる。キエラの願いも永遠に果たせない。ラフィオはキエラに会う意味がなくなるのだから。
それを説明するのは大変だろうな。
だから、キエラが理解している危機だけで説明する。
「そうなの。このままじゃ、優花里に恐怖を全部取られちゃう。ラフィオのいる世界を壊すって目的も果たせない」
「それは駄目! あの女を殺しましょう! 本当に、なんであんなのをフィアイーターにしちゃったのかしら」
「ごめんなさい……。わたしが選んだの」
怪物が暴れる被害に遭って死にかけていた優花里にとどめを刺して、キエラの前に連れてきたのはティアラだ。
「ううん。気にしないで。ふたりでやったこと。それに、悪いのはあの女よ。あいつが地球のどこにいるかは、わたしがわかるわ。行きましょう……痛っ」
「待って。まずはキエラの傷が治ってから。とりあえず今夜は落ち着いて、治すのに専念するの。ね?」
「ええ。そうするしかないようね……」
起き上がろうとしたキエラを慌てて寝かせる。
ティアラは、再び優花里が来ないようにメインコアが見える位置に移動した。
この場所は絶対に守らないといけない。絶対に。
――――
樋口が小屋の中を確認したところ、優花里はすぐに戻ってきた。
隣で篤史が安堵したように息を吐く。
「優花里! 一体なにを」
「ごめんね、篤史。向こうに行かないと苦しくて……」
「ああ。くそ。なんでこんなことに……魔法少女が」
「いいえ。篤史、魔法少女たちは悪くない。敵を見誤らないで。あの子たちは必死に世界を守っている」
「……ああ。そうだな。優花里の言うとおりだ」
「わたしたちは絶対に結ばれる。だから、今は耐えるの。刑事さん、魔法少女の皆さんに伝えて貰えますか? どこかで、必ず奴らの世界に攻め込んで欲しいって」
「ええ。任せて。絶対にそうしてあげる。けど米原さん、それまで不用意な行動は避けて。敵を刺激して、こちらの意図しないことが起こりかねない。……苦しいのはわかるけれど」
「……はい」
樋口にはフィアイーターの感じる苦しみなんかわからない。優花里にとっては無責任で無神経な発言に聞こえるかも。
しかし彼女は頷いてくれた。




