11-32.恐怖の欠乏
俺がバーサーカーを助けようとして派手に転んで、でもそのお陰でフィアイーターは無事に倒せたらしくて。バーサーカーとセイバーが地面を見つめていた。
「こんな小さな人形が、あんなに大きくなるなんてねー」
「コアってやつの力はすげえよな。お、悠馬。本当に怪我はないんだな?」
俺が近づくと、バーサーカーが気づいて駆け寄ってきた。
周りを見れば、キエラたちも撤退したらしい。静けさが戻っていた。
「悠馬、あなた派手に転んだみたいだけど大丈夫!? どこか痛かったりしない!?」
「大丈夫だよ、姉ちゃん。膝を擦りむいただけ」
「ちゃんと帰って治療しないと。あと無茶はしちゃ駄目よ。魔法少女は頑丈なんだから、バーサーカーが落ちても放っておけばいいのよ」
「オレも同感だ。ま、嬉しかったけどな」
「そんなこと言うなよ。……次からは気をつけるけど」
「よろしい。よし、じゃあ帰りましょうか。パーティーの準備、だいぶできてるから。あ、おーい、剛! あなたも来る? 麻美も近くにいるんでしょー?」
セイバーは、クリスマスに起こったちょっとした事件と、この戦いを捉えているらしかった。
ライナーたちもこっちに来た。
パーティーか。楽しそうだな。けどその前に。
「みんな聞いてくれ。フィアイーターになった米原優花里が、彼氏と接触した。今は樋口と一緒にいるはずだ」
俺の言葉に、みんな絶句した。
――――
優花里の彼氏、稲山篤史への口止めは完了。人間がフィアイーターになり得ることや、魔法少女たちがそれを知っていながら世間に公表しなかったことを、彼は口外することはないだろう。
常識的な人間だし、世間に不用意に情報を流して混乱させることの恐ろしさも知っている。だからお願いしたら了承してくれた。公権力の命令でもあるから、逆らうと怖いということも理解しているのだろう。
けど、彼は納得まではしていない様子だ。その気持もわかるし、当然のことだ。
とにかく、秘密が漏れて魔法少女たちが世間から非難されることは避けられた。それだけでも良かったと言える。
良かった? これが?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
人の口からこんな声が出せるのか。それほどまでに凄まじい悲鳴が部屋から聞こえる。
模布市内の、市街地から離れた山あいに建てられた小さな小屋。所有者不明のそれを公安の権限で勝手に使わせてもらっている。滅多に人が通らない場所だ。
そこに、とりあえず優花里を放り込んで保護することにしたけど、良い手とは思えなかった。
大量の布団を用意して壁の内側に巻きつけて吸音材の代わりにしているけれど、あまり意味はない。小屋の外まで音が漏れ出てくる。
夜の間に、防音対策をもっとしないとな。
「優花里……」
彼氏である篤史が辛そうな表情を見せる。
あなたはもう帰りなさい。一緒にビラ配りしていた優花里の家族が心配してるでしょうから。そう伝えたけど、彼は小屋の前から動こうとしなかった。
彼が不用意な行動をしないか監視する手間が省けるというのはいいけど、ここは外。ずっとここにいるわけにはいかない。じきに夜になるし。
帰るか、小屋で寝泊まりするか。篤史は躊躇なく後者を選ぶだろう。立派なことだ。
人間ではなくなった恋人が、恐怖を求めて叫び続ける声を聞きながらでも、一緒にいたいらしい。
「優花里が言ったんです。こんな状態になっても、まだ一緒に暮らせると。敵が住んでいる世界に行けば、優花里はまともに過ごせる。そこで俺と一緒に住もうと」
「エデルード世界?」
「名前はわかりませんけれど……俺は優花里の望んだ通りにしたい」
敵、キエラたちを打ち倒してエデルード世界を乗っ取る。いい方法なのかな。ラフィオがどう言うかだけど、できれば聞いてみたいこと。
それに、優花里を協力者に使うことは正しいように思える。こちらからエデルード世界へ侵攻することができるのだから。
「ええ。魔法少女たちに伝えておくわ。あなたたちが一緒に暮らせるように、手を尽くします」
本心から伝えると、篤史は少しだけ納得した顔を見せた。
それから、ふと気づいた。小屋から聞こえてきていた優花里の声が、いつの間にか消えていると。
――――
負傷したキエラを引っ張ってエデルード世界に戻したティアラだけど、そこから何をすればいいのかわからなかった。
とりあえず、小屋の床に寝かせた。
刺さった矢はいつの間にか消えている。あれは光で出来てるんだっけ。傷口から、血が流れていた。
赤い血だ。自分にはもうないもの。
「痛い! 痛い! あいつ! あの魔法少女! 青い奴! 大嫌い!」
「キエラ! 落ち着いて! 治療するから!」
治療? でも、どうやって? 包帯でも巻けばいいの?
魔法の鏡で、それっぽいものを探そう。ええっと、病院の様子とか見ればいいのかな? どこの病院?
焦っちゃ駄目。落ち着かないと。キエラが怪我した今、わたしが頑張るの。
病院の映像を見てみる。救急外来の緊迫した状況。血圧がどうとか輸血を急げとか。
キエラはここまでではない。
もっとおとなしい怪我。そうだキエラは子供だから。
小児科で、小さな子供が膝を擦りむいた様子が映された。傷口を消毒して、絆創膏を貼る。よしこれだ。キエラの場合は包帯を巻いた方がいいかも。
「すぐ戻るから!」
キエラに声をかけて、再び穴を通って地球へ行く。




