11-26.恋の駆け引き
それから地下の食品売り場へ行った。
クリスマスっぽいものを、俺たちも少しは買って帰りたい。
あと、ラフィオも夕食作りを頑張ってるだろうけど、皿を買ってやっても喜ばなさそうだから、デパ地下の少し良いプリンを買って帰ろう。
「愛奈にも何か買ってやらないと、グレるんじゃないか?」
「グレる……。いや、姉ちゃんならやりそうだ」
「愛奈は何が好きなんだ?」
「休暇」
「プレゼントできねぇな」
「酒飲んでる時は、いつもスルメを食ってるな」
スルメじゃない時もあるけど、イカの加工品が多い印象。
「デパ地下のいいイカを買ってやるか」
「いいイカってなんだよ……」
「オレもよくわかんねえけど。デパ地下ってちょっと高級なのを売ってるんだろ?」
「それは確かにそうだけどさ」
俺たちでは当然酒は買えないから、愛奈を喜ばせるには肴の方を求めるしかない。
アユムは、こういう売り場も物珍しそうに見ている。デパ地下って独特な雰囲気があるからな。
美味しそうな食べ物も、物珍しいものも色々ある。
「イカの沖漬けってなんだ。うまそうだな。どんな物かは知らないけど」
「イカを調味料に生きたまま浸けて、体の中まで味を染み込ませたものだ」
テレビで見たことがある。イカが苦しそうにスミを吐きながら悶える姿が印象的だ。
「おおう。なかなか……グロい作り方だな。でもうまいんだろうな。イカ飯ってのもあるぞ」
「イカの内蔵を取り払って、もち米を炊いたものを詰め込んだやつだな」
「いかとんびっていうのは?」
「イカの口だけ集めて味付けしたやつだな」
「へー……うまいのか?」
「さあ。俺も食ったことない」
「よし買おう」
沖漬けもイカ飯もいかとんびも買った。愛奈の酒の肴というよりは、自分たちが気になるから買ったという感じだな。
クリスマスに贈るものとしては、ちょっと渋すぎるチョイスだし。
いいんだよ、こういうので。こうやって買い物してる時間が楽しかったらそれでいい。
じゃあ、駅に戻るか。
「華やかだな、クリスマスって」
「そうだな。街がクリスマスの飾り付けになってて、賑やかになってる」
「この雰囲気を見れただけで、模布市に来た意味はあるな」
他愛もない話をしながら、顔には微かな笑みを浮かべ、街を歩く。
ふと、見覚えのある顔を見つけた。
彼は道行く人に呼びかけながら、ビラを配っていた。
米原優花里の彼氏だった。
ちょうどこのあたりで、彼女は死んだ。今も彼は必死に探しているのだろう。
駆け寄りたくなる気持ちを必死に抑えた。あんたの彼女はもういない。死んで怪物にされたから、あとは魔法少女に任せて殺してもらうしかない。そう伝えたかった。
伝えて、なんの意味があるかもわからないけど。残酷な真実を知った彼は、なにを考えるのかな。
真実を知っていてメディアでそれを広める方法も持ってる魔法少女が今まで隠していた事実に、どう反応するだろうか。
ああ。樋口の気持ちがよくわかる。言えることじゃない。言わなきゃいけないとしても。
隣のアユムが、俺の手をぎゅっと握った。
「どうする、悠馬。あの人」
「わかってる。けど、俺にはどうすることもできない」
「ああ。だけど……」
なんとか力になりたい。アユムはそんなことを言おうとしたんだと思う。
言葉は、不意に聞こえてきた悲鳴にかき消された。
――――
「ティアラどう? 優花里は行く気になってくれた?」
「ええ。迷ってたけど、さっきようやく扉を開けてくれた」
「よかった。……長い引きこもり生活だったわね。ずっと外に出なくて閉じこもりっぱなしなんて」
恐怖さえあれば生きていけるとはいえ、ずっと引きこもっているなんてつまらない。けど、あの子は泣き続けていた。
それでもようやく外に出た彼女は、せめて髪を整えて人の前に出ることを決めたらしい。
彼氏と会うために。
「その様子を、わたしたちは見るだけなの?」
「そう。見るだけ。手を出すのは駄目」
「どうして? おもしろそうなのに」
「彼氏にお別れを言うんだと思う。だからふたりきりにしてあげないと」
「……恋の駆け引き?」
「みたいなもの」
「そっか! じゃあ、見て勉強しないとね! ラフィオと同じことをするかもしれないし! いいえ別れたりはしないけど!」
キエラは本当にわかってるのかな。ティアラは少し不安だったけど、あの人が区切りをつけることを邪魔しないのなら、それでいい。
優花里は部屋から出た後、持っていたスマホで彼氏と連絡が取れないかを試していた。ティアラはそんな物を持ってないし、キエラも地球の技術はよくわからなかった。
カシャカシャ音を立てながらスマホを操作する優花里を不思議そうに見ていたティアラに、ここは電波が入らないのねと残念そうに呟く。
だから、外界の様子は魔法の鏡で見ると教えてあげた。それで彼氏を探せばいい。
彼氏の家、それから実家。心当たりのあるところを指定すれば見ることができる。彼はそこにはいなかったようだけど、最終的には見つけた。
優花里が命を落とした公園にいた。
「行きましょう」
恋人に、自分はもう人間じゃないから会えないと伝えに行く。とても残酷な事実だ。だから優花里の表情は真剣そのものだった。




