11-24.布栄ピクニック
電車に乗って布栄まで向かう。先日怪物が暴れた公園は駅のすぐ近くだけど、普段の活気は既に戻っていた。恋人たちや家族連れが休日を楽しむために出かけている様子。
布栄駅に隣接している商業施設も混み合っていた。人混みから目を逸らすように、宇宙船みたいなモニュメントを見上げる。
「すげえよな。都会ってこういうものが当たり前にある」
「モニュメントか?」
「ああ。でかいよな」
俺は小さい頃から見慣れてるもの。けどアユムにとっては珍しいもの。
「階段で上の方まで登れるぞ、これ」
「マジか!? 行こう!」
「走るな。お弁当が崩れるだろ」
「あ。わりぃ。ゆっくり歩こうな。ふたりで並んでな」
それでいい。
この宇宙船の天井部分のかなり近くまで、階段で向かうことができる。
上に何があるというわけでもないし、周囲と比べて特別高いわけでもないから展望も別に良くない。
けど、なんか宇宙船の中に入るみたいなワクワクした気持ちにはなれた。
「意味のねぇ階段だな! けど楽しい!」
笑顔のアユムを見て、こっちも楽しくなってきた。
階段の上部からは、下の商業施設群を見下ろすことはできる。
「どこか行きたい店、あるか? 地元のプロ野球チームのオフィシャルショップとかあるぞ」
「オレの地元に野球チームなかったからなー。野球よくわかんねぇんだよ。親父はなんか見てたけど」
「そっか。実は俺も野球は興味あんまりない」
地元のチーム弱いし。ワイバーンズなんて強そうなチーム名を掲げてるけど、リーグ戦では最下位になることが多い。虎とか鯉に負ける竜ってなんだよ。
ミラクルフォースのショップとかもあるし、飲食店も多い。チェーン店であっても、アユムには興味深いものだろう。
でもまずは。
「本来の目的を果たそうぜ」
「そうだな」
宇宙船のすぐ近くに緑地がある。この前フィアイーターが暴れた公園とは、また別だ。
都市の真ん中にある緑。ここが二十一世紀のオアシスとあだ名される理由でもある。
模布市民には定番のお出かけスポットだけど、寒いこの時期にピクニックという人は少ない様子。
激込みで座る隙間もない、なんてことはなく。レジャーシートを敷いてふたりで座るのは余裕だった。
気温は低いけど天気は良くて風もない。
「えっと……お弁当、食うか?」
「ああ。食べよう。自分で作ったものだけど、うまそうだな」
「自分で作ったからうまいのかな」
かもな。
炊いた米を握っただけのおにぎりや茹でただけのウィンナーは、誰が作ってもそれなりにうまいもの。
それでも、布栄のビル群や宇宙船を眺めながら食べるお弁当は、いつもとは違った旨さがあるように思えた。
卵焼きも唐揚げも焦げてはいない。ちゃんと食べられるものだった。
「オレの田舎、どこに行っても緑色ばっかりでさ。本当に良いところなんか何もなくて。こうやって出かける場所もないから。いいよな、模布市って。いい街だよ」
「アユムの田舎も悪いところじゃない……っていうのは、住んでみなきゃわからないことか?」
「おう! 悠馬がいたくらいの時間じゃわかんねぇぜ、あの窮屈さ」
田舎の方が解放的ってイメージはあるけど、きっと空間的な意味ではないのだろう。
人が少ない故の、人間関係の狭さ。どこに行っても同じ景色が広がるという、変化のない世界という窮屈さを感じていたのだろう。
「なんかさ、今がすごく幸せなんだ」
「そうか」
「こうやってのんびりしてる時間も、いいだろ?」
「ああ……」
気温は低いけど、こっちも厚着してるから寒いわけじゃない。ずっと外にいれば、日差しも少しは感じるようになる。
そうして、特に何もすることなく静かに過ごしていると、ふと眠気に襲われた。
疲れてるのかな。
「いいぜ。寝ちゃえよ。ほら」
俺の様子を見たアユムは笑顔になる。そしてレジャーシートの上で正座している膝をポンポンと叩いた。
「つまり?」
「膝枕してやる」
「……うん」
アユムが、ものすごくやってほしそうだった。
今日はアユムの願いを叶える日だ。お言葉に甘えよう。
レジャーシートの上でごろんと横になる。アユムの膝は、なんか冷たかった。
「あー。やっぱあれだな。こういう日のスカートって冷えるんだよ。オレもちょっと寒いって思ってた」
「大変だな、スカートって」
「おう。そこまでして、男にはかわいい格好見せたいって思ってんだよ。感謝しろ。そして、悠馬の頭で足を温めろ」
「それが膝枕の目的か」
「それもあるってだけだよ」
アユムが愉快そうに笑う声が聞こえた。仕方ない、付き合ってやるか。
最初は冷たい膝で耳が冷える感じがした。けれど肌と肌がくっついていれば、次第に血が巡って温度が上がってくる。
日差しもあって、冷たさは感じなくなってきた。
ふと、頭を撫でられる感覚がした。
「……アユム」
「嫌か?」
「ううん。ちょっと気持ちいい」
「そうだろ」
アユムだって恥ずかしいのか、微かに手が震えていて動きもぎこちない。けど悪い気はしない。
心地よかったのは間違いなくて。
宇宙船を眺めながらしばらく撫でられていると、さっきと同じように眠気に襲われて。
「いいんだ。疲れてるだろ。みんな、悠馬に頼りすぎだから。愛奈が一番そうだけど。遥もくっつこうとしてるし。あと樋口も」
アユムが語りかける。誰かの悪口みたいな内容だけど、口調はとても優しくて。
食事をして腹も膨れて、そんな状態で横になってしまったのだから、自然と俺の瞼は閉じていった。




