11-23.クリスマスの朝
俺たちのお弁当もなんとか完成した。めちゃくちゃ美味いというわけじゃないけど、普通に食べられる程度のもの。俺とアユムで初めて作ったにしては上出来だろう。
というわけで、朝食を簡単に食べてから、俺とアユムは着替て外に出る。
でかいサメと戦うでかいカピバラがの映画もちょっと気になるけど、デートが優先だ。
俺は普段のよそ行きの格好。アユムはというと。
「……きれいだな」
「お、おう。ありがとな……」
温かそうな濃い色のパーカー姿。下はデニムのミニスカート。そっちは寒くないのかな。案外平気なのかも。
アユムだってファッションに関しては俺と似たような性格をしている。つまり、無頓着だ。
それでも頑張って選んだんだろうな。
「似合ってる、と思う。かわいいぞ、アユム」
「だ、だろ? なんかこう、オレならこういうのもありかなって思った格好なんだよ、うん。そうだ。かわいいよな、オレ」
「ああ」
「ふたりとも、なに中身のない会話してるの。ほら行ってきなさい。ちゃんと夕飯までに帰ってきてね。行ってらっしゃい」
玄関先まで送ってくれた遥に手を振りながら、マンションを出て駅まで向かう。
「なんか新鮮だな。悠馬とふたりきりで出かけるの」
「確かに。ふたりきりは初めてかな。いつも遥が一緒にいるから」
同じ学校同じクラス。そして同じ家。ここまで生活圏が一緒なら、自然と三人で行動することになる。
ふたりだけっていうのは逆に無いな。遥が期末テストで補習を受けることになったりしたら、俺とアユムふたりで帰宅とかはあったと思うけど。
残念ながら遥も勉強頑張ったからな。
九月の始めにアユムが転校してから、三人で行動するのが当たり前になってたな。
アユムだって当たり前を受け入れつつ、俺とふたりきりになるのを望んでいたのかも。
「な、なあ悠馬。手、繋がねえか?」
「いいぞ」
アユムが俺に寄り添いながら、手を向けてくる。俺はそれをしっかり握り返した。
――――
「ああああ! 悠馬ってばアユムちゃんと手なんか繋いで! そういうのはなんか早いっていうか! 良くないっていうか! 彼女はわたしなのに!」
「うるさいわよ遥ちゃん」
「うひゃあっ!? おはようございますお姉さん! 早いですね!」
デートが羨ましすぎて、駅に向かう悠馬たちをマンションの廊下から見送った遥は、さらに嫉妬に身を焦がすことになった。
松葉杖をつきながら玄関に戻り、そこで廊下に体を転がして身悶えしていると、昨夜モッフィーに追い払われたままの格好の愛奈が見下ろしてきた。
かなり呆れた顔をしてたけど、そんな愛奈もまた眠そうだった。
休日なんだから、いつもはもっと寝てるはずだけど。
「おはよう。お姉さんじゃないけどね。なんか騒がしいから起きちゃったのよ」
「そうなんですかー。騒がしいのはわたしですか?」
「それもあるけど、テレビが」
横になったまま這ってリビングの方へ行けば、テレビの中ではカピバラとサメの激闘が繰り広げられていた。
ヒロインと思しき女に飛び込んでいく巨大なサメ。それをカピバラが間一髪体当たりして助ける。両者は何か燃料らしきものに倒れ込み、合成丸出しな爆炎が上がった。その間に主人公の男がヒロインを連れて逃げ出した。
カピバラが黒焦げのサメを陸地に押し付けて、何度も頭突きを食らわせたところ、ついに巨大なサメは倒された。大喜びする主人公とヒロイン。
そんな映画を見ていたラフィオとつむぎも、緊張が解けたようにふーっと息を吐いた。ふたりでソファに並んで座り、手を握り合ってるようだった。つむぎは片腕でモッフィーのぬいぐるみを抱きしめてモフモフしていた。
「あれは……なに? なんか映画にしては、CGが安っぽすぎるんたけど」
「キングカピバラvsジャイアントシャークです」
「そう。なんというか……いえ。なんでもないわ」
「サンタさんがつむぎちゃんにプレゼントしたらしいです」
「そう。サンタさんも変なもの渡すのね。本人が喜んでるならいいけど。今日は一日、あの映画見るのかしら。アメリカじゃ、クリスマスは家族で映画を見るのが伝統的な過ごし方って聞いたことあるけど」
「あー。だからアメリカのクリスマス映画って多いんですねー。いえ、それでもいいんですけど」
キングカピバラがクリスマスに相応しい映画かはこの際考えないでおこう。
「朝ごはん食べながら映画見るのは……どうでしょうか。それに、夕飯の準備をわたしひとりでやるのは大変なので。ふたりに手伝ってもらわないと」
「そうね。じゃあ、今日は料理して過ごしましょうか。ほら立って」
「あ……ありがとうございます」
廊下に寝転んだままの遥に手を差し伸べて、愛奈が助け起こしてくれた。
「わたしも料理、手伝いましょうか?」
「愛奈さんには無理でしょ。ローストチキンとか作れないですよね?」
「簡単よ。チキンに味付けして焼けばいいんでしょ? 百円ライターならうちにもあるはずだから」
「なんで料理にライター出てくるんですか。味付けはどうすればいいかわかります?」
「……塩? あとめんつゆ?」
「よし、駄目ですね。お姉さんはスーパーで、フライドチキン買ってきてください」
「えー。……お酒も買ってきていい?」
「ご自由に。つむぎちゃん、ラフィオ、朝ごはんにするよ。あと夕飯作るの手伝って」
映画を一本見終わったふたりは振り返って、頷いてソファから立ち上がった。
「ラフィオ、キングカピバラおもしろかったでしょ?」
「ま、まあ楽しかったな。主人公とヒロインの関係とかが、良かった」
「そっかー。ラフィオはああいう恋がしたいの? あの映画の途中みたいに、ギャングに捕まったわたしを助けたりしたい?」
「いや、そういうわけではないけど……遥、なにをすればいいんだい?」
「サーモンのカルパッチョを作って。それからサーモンのクリームチーズ巻きと、サーモンのムニエルと……」
「つまり僕は鮭料理担当ということだね。遥はチキンとケーキ担当。つむぎは手伝い」
「そういうこと。そしてお姉さんはスーパーで、随時必要そうな食べ物の買い出しです」
「ええ。あとお酒もね!」
クリスマスのディナーにかこつけて酒を好きなだけ飲もうと考えている愛奈にため息をつきながら、それぞれで準備を始める。
見てなさいアユムちゃん。あなたよりも悠馬を楽しませてやるから。




