11-12.怪物になって幸せ
ラフィオに、樋口から聞いた情報を改めて伝える。
家庭環境に問題があったわけでもなければ、ホームレスだった人間でもない。
普通の生活が奪われて殺されることが、特に胸に刺さる。あるいはその状況に気が滅入ってしまう種類の人間。
「なるほどね。それはかわいそうだ。けど、僕たちにできることは少ない。そのフィアイーターが出てくれば、できるだけ傷つけないように殺して、綺麗な遺体を彼氏さんとご家族に返してあげることだけだよ」
「そうだな」
ラフィオが思っていたよりずっと冷静でよかった。
いや、違うのだろう。
食卓についたラフィオは、特に大きな唐揚げを箸で持つとかぶりついて噛みちぎった。
今のラフィオは少年の姿。けれと同時に、獰猛な獣を思わせる動きだった。
冷静なのは間違いない。けど中では激しく怒っているのだろうな。
「ラフィオ。わかるよ、気持ち。だからわたしたちでキエラを止めようね」
「……うん」
今日はラフィオの首筋を狙うこともしないつむぎが、背中に手を伸ばして撫でる。
怒ってるけど、それをぶつける相手は俺たちではなくて。
「キエラをぶっ殺そう。それで全て解決するんだ。それで……」
そのためには、奴らからこちらに来るのを待たなきゃいけないのがネックだけど。
実際、数日待ってもキエラはこちらに来なかった。フィアイーターも出なかった。
――――
あの女はキエラをビンタして、そのまま小屋の中にある部屋のひとつに閉じこもってしまった。
鍵がかけられる構造にはなっていない。けど、棒を支えさせるとかして女は中に入れないようにしたらしい。
その事実にキエラはご立腹だった。
「なによ! わたしがせっかく友達になってあげるって言ったのに。叩くなんてありえない! 挙げ句、お話もさせてくれないなんて。あんな女大嫌い!」
「まあまあ。キエラ、落ち着いて。あの人も突然のことで驚いているんだよ。落ち着くまで待ってあげてもいいんじゃないかな」
「ふんっ!」
怒り心頭のキエラは、ティアラの意見にもそっぽを向いてしまう。
仕方ないなあ。まだまだ子供なんだから。あのラフィオって男の子の母親らしいけど、精神は見た目と同じか少し幼い。
こんなのでも、ティアラにとっては救いの手を差し伸べてくれた大切な人。その願いは叶えてあげたい。
ティアラは女が籠もっている部屋の前に来た。
「ええっと。キエラがごめんなさい。最初からやり直せないですか? お互いのこと、全然知らないので。あなたのこと、なんて呼べばいいですか?」
返事はなかった。
「わたしはティアラです。そう呼んでください。本名なんです。日野ティアラ。姫が輝くと書いてティアラ。あはは。変な名前ですよね。ほんと、初対面の人からも読めないって言われて。かわいい名前だねって気を遣われて。……大嫌いな名前です」
やはり返事はない。聞いているのかすらもわからない。
構わず、ティアラは続けた。話し始めたら止まらなくなって。
「お母さんがつけた名前なんですけど、単にかわいいからとか、そんな由来らしくて。かわいいって。変な名前って方が先に来るとは思わなかったのかな。かわいいって思う名前をつけたのに、わたしをかわいがって育てたりはしなかった。放置されてたなあ。ゴミだらけの汚いアパートで。お母さん、仕事にも行かずにテレビばっかり見てて。わたしだって見たいテレビあったのに。全然譲ってくれなくて。それで、それで……」
「あなたは今、幸せなの?」
ドアの向こうから返事があった。
「ええ! すごく幸せ! 一回死んじゃったけど、でも友達ができた。魔法少女になるって夢は叶わないかも知れないけど、でも幸せなの」
「待って。魔法少女になる?」
「あ。ごめんなさい。わたしの夢でして……」
いきなりこんなこと言っても戸惑うだけだよね。ただでさえ、色々伝えてて、この人の頭の中がパンクしないか心配なのに。
扉の向こうからため息が聞こえてきた。
「怪物を作り出してるのが、こんな子供だったなんて」
「あの……ごめん、なさい」
自分でもなんで謝ったのかわからない。けど、呆れられたんだと思う。
「ねえ。教えて。わたしはもう生き返れないの?」
「はい。死んだ人間は生き返れません」
当然のこと。けれどティアラも彼女も、生きていた時の記憶と姿を保っている。
体温は低いけど。そして、体の中には闇が詰まっているけれど。
「おかしな感覚ね。もうひとつ。元の世界に行くことはできるの?」
「できます。時間制限というか、恐怖が欲しくなって帰らなきゃいけないから、すごく長い時間はいられないの。けど行ける」
「そう。落ち着いたら、向こうに行きたい。いい?」
「もちろんです。あの、それで。キエラと」
「あの子ね。……ぶったこと、謝らないわよ」
そっか。仲直りはできないか。
「少し落ち着くまで時間をちょうだい」
「はい。わかりました……。あの、なんてお呼びすればいいですか?」
「米原優花里」
普通の名前だな。平凡で、でもかわいらしい。
ティアラには羨ましかった。
それきり、彼女はしばらく何も言わなくなった。
その代わり、部屋からすすり泣くこえが聞こえた。




