11-11.幸せだった人
魔法少女たちが戦っている中で、見つからないようにこっそり撤退した。ティアラが抱えてきた女に、キエラは大はしゃぎ。
「すごい! すごいわティアラ! この子かわいい! よし、さっそくフィアイーターにしましょう!」
特別製コアを胸のあたりに入れて、少し待つ。
普通のフィアイーターなら即座に怪物になって暴れる。けど特別製は違う。眠りから覚醒するように、目覚めるのを待たないといけない。
そう長い間でもなかった。
わくわくしているキエラが見ている前で、女はゆっくりと目を覚ました。
彼女には、エデルード世界のどこまでも広がる青い空が見えたことだろう。それから自分を見下ろしている顔がふたつ。
状況がわからないのか、困惑したような表情になった。
「こんにちは! わたしはキエラよ! そしてこっちはティアラ! よろしくね! あなた、なんていう名前なのかしら!?」
「キエラ……?」
「ええ! キエラよ! フィアイーターを作ってるの! さっきあなたの近くで暴れた怪物よ!」
怪物。それを聞いた途端に、女は動揺した表情を見せた。キエラはそれに気づかない様子だけど。
「あなたはね! フィアイーターの攻撃で死んじゃったの! けど安心して! わたしが特別製フィアイーターとして蘇らせたから!」
「死ん……だ?」
「ええ。かわいそうよね。けど、大丈夫よ」
「あなたが、怪物を作ったの?」
「ええ。そうよ」
女はゆっくり身を起こしながら、なんとか状況を理解しようと試みているようだった。キエラは彼女の困惑などまったく意に介していない様子で、好きなことを話し続けた。
「この子はティアラ。あなたと同じように怪物にやられて、わたしが生き返らせたのよ! 仲良くなれると思う――」
パンッ。
小さな音と共に、女がキエラの頬を平手打ちした。
――――
ラフィオの宣言どおり、今日の夕飯は唐揚げとなった。家に帰ったラフィオは、最初にうがいをして口の中に残る甘ったるさを全て流してから、誰にも邪魔させずに唐揚げ作りに勤しんだ。
「そんなに不味かったのかな、レインボー唐揚げ」
「写真映えするってだけなんだろうなー。食べるにしても少しだけだろうし」
「それをラフィオは思いっきり噛んだわけだしね。気持ちはわかるよ」
「なんか今日のラフィオ怖い。モフモフさせてくれなさそう」
それはいつものことだけどな。
いつになく真剣な顔つきのラフィオが、鶏肉に下味をつけている。
少しすれば落ち着くだろう。夕飯は楽しく過ごそう。
樋口によると、恋人を探していた男は無事に保護したらしい。今は事情聴取中だ。
そして彼女の方は見つかってない。家にも帰った様子はない。会場内から死体も見つかっていない。
イベントスペースだから監視カメラがあるわけでもなく、足取りを追うことはできない。
つまり、世間的には行方不明。やっぱり。
「キエラに攫われたんだろうね。つまり死んでる」
キッチンには届かないような声で遥が言った。ラフィオが聞けば気にするだろうから。
「フィアイーターにされたってことだろうな。確定ではないけど」
「もう間違いないでしょ。彼女さんが生きてれば、なんとかして彼氏に連絡しようとするだろうし。共通の知り合いとかを頼って」
「だよなー」
「ラフィオ、これを聞いたら怒るかな?」
「キエラに怒りを爆発させるだろうな」
「幸せな人が幸せな時間の最中に死んで、怪物の仲間入りだよ? そりゃ怒るよ。恋愛ドラマだったら最悪の終わり方」
「まあ、うん。そうだよな……」
ラフィオ好きだらな、そういうの。フィクションと現実の区別はつくにしても、誰かの恋愛的な幸せがぶち壊されることは、これまでのキエラの振る舞いの中でも特にラフィオを苛むだろう。
樋口から、行方不明の女の情報も入ってくる。
米原優花里さんという彼女は、社会人二年目とのこと。彼氏は会社の同期。全国展開しているメーカーの、模布市にある本社勤務で、共に若手の期待の星らしい。
人生が順調に行っている、幸せな人だった。きっと、クリスマスにも予定があったことだろう。
「ほら、夕飯できたぞ。食べよう。愛奈はどこだ?」
「あー。部屋にいる。呼んでくる」
「いや、僕が行ってこよう。みんなは配膳してくれ」
愛奈の部屋まで向かうラフィオは、まともな唐揚げが作れたことと、まともじゃない唐揚げの味を忘れられそうなことに上機嫌だった。
「ねえ悠馬。優花里さんのこと、早めに伝えた方がいいよね?」
「そうだな。俺から話すべきか?」
「あー。うん。それはそう」
「わたしが言います!」
「つむぎちゃん? まあ適任……なのかな?」
「いや適任じゃねぇだろ。こいつ、すごい嬉しそうに報告そうだし。もっと神妙になれって怒るかも」
「そんなことで怒りはしないよ、僕は」
「うわっ!? 聞いてたのか!?」
思ったより早くラフィオが戻ってきて、みんな驚いて飛び上がった。
当のラフィオはやれやれといった様子だけど。
「さっきの時点で懸念は持ってたさ。それに、キッチンからでもコソコソ話してたのはわかる。その様子じゃ、新しい人間のフィアイーターが現れたんだろう? さっきの男の彼女だ」
「ああ」
「唐揚げ食べながら詳しく教えてくれ。ほら愛奈も」
「うー。さっきは行けなくてごめんね……」
愛奈が、まだ眠そうな様子で部屋から出てきた。
「気にするな。仕事が忙しくて疲れてたんだろ?」
「うん。ありがと……」
「やっぱり悠馬、お姉さんには甘いよね」
「昨日遅くに帰ってきたのはともかく、夜更かししたのは酒のせいなのにな」
「それより。人間のフィアイーターについて教えてくれ」
ああ。そうだった。




