11-5.丁寧な暮らし
机に椅子にベッド。これから閉まったクローゼット。
飾り気のあまりにもない、普通の男の子の部屋があった。
「ポスターとかグッズとかないね」
「本棚があるぞ」
「んー。参考書に、普通にみんな読んでそうな漫画。つまらない……よく整理されてるけど」
あまり特徴的とは言えない本棚だけど、本の種類ごとに固まって並べられているのは特徴とは言えるかも。
「こういうのは、ベッド下になんか隠していたりして……特に何もないね。なんだろ。つまんない部屋っていうか」
「変わったところが何もないよな」
「クローゼットの中、見ちゃおっか」
「おい。それはさすがに」
「大丈夫大丈夫。バレないって……おお。服は全部ハンガーにかけられてるか、丁寧に畳まれてる」
「変わったところ、何もないな」
「いや待って、おかしい」
「……なにが?」
整理整頓されたクローゼットを見て、遥は違和感に気づく。
こんなの、悠馬にはあえりえない。
アユムは悠馬との付き合いの浅さもあって、それに気づかないようだけど。
「悠馬は、こんな几帳面な生き方をしない」
「?」
「悠馬が作った料理を思い出して。雑の一言だよ? 食べれなくはない料理を作って、愛奈さんたちに食べさせる。家の片付けとかもそう。家の中が散らかりっぱなしだった。ラフィオが来て掃除するようになったから、今の感じになっただけなの」
「つまり……どういうことだ?」
「ラフィオはこの部屋に入らない。悠馬が入れなさそう。だから、この部屋が綺麗なのはおかしいの。悠馬の雑で大雑把な性格で、床には本とか脱いだ服とかが散らかってるはずなの」
「おい」
「あと、ゴミとかも散らかってそう。お菓子の袋とか空き箱とか。ゴミ箱に入れたはいいけど、それをさらに捨てるのが面倒だからとかで床に放り出すとか」
「おい。遥」
「制服とかも、ぐちゃぐちゃのベッドの上に放り出しててほしい。それでわたしが、仕方ないんだからー。とか言いながら片付けるシチュエーションには、ちょっと興味あります」
「遥。なあ、遥」
「どうしたのアユムちゃん。さっきから必死に呼びかけて」
「悠馬に見つかった」
「ほあっ!?」
振り返れば、タオルで髪を覆った風呂上がりの悠馬がいた。
――――
風呂から上がれば、部屋がなんか騒がしい。遥とアユムが俺の部屋に入って様子を見ていた。遥が、俺の大雑把な性格について長々と語り始めるのと、アユムが俺に気づいて気まずそうな顔になるのはほぼ同時だった。
「あ、あははー。お邪魔してます、悠馬。えっと……えっちな格好ですね」
「うるさい」
普段から見せてはいる寝間着姿だ。風呂上がりの、微かに上気した肌なんかに色気を感じる人がいるのは知ってる。
男のそんなのに興奮する気持ちは、俺はわからない。自分にそんな目を向けられても困るだけだし。
「いやー。風呂上がりの悠馬はいつも以上に格好いいね! ……ところでさ悠馬。この部屋なんだけど。なんでこんな綺麗なの?」
「意識して整理整頓してるんだよ」
「えー。嘘だー」
「嘘なわけないだろ。この部屋、俺しか入らないんだから」
「そ、それはそうだけど……あの雑な生き方しかしない悠馬はどこに行ったの!? 料理は手を抜くことが正義だって言ってた、本物の悠馬はどこに!?」
「俺が最初からずっと本物なんだよ。……ラフィオが来てから部屋が綺麗になって、遥のおかげで料理とかも美味しいのが食べられるようになって、こういうのもいいかもって思ったんだ」
「わ、わたしのせい、なの?」
「おかげ、だよ。料理は遥たちがやってるから手出しできないけど、掃除を頑張るくらいはやろうかなって。そうしてると、綺麗になった部屋が気に入って」
リビングとか風呂場やトイレの掃除もしてるし、当然自分の部屋も綺麗にする。さすがに、各自の部屋は自分で掃除してほしいから立ち入らないけど。
「なるほどねー。悠馬ってば、丁寧な暮らしに目覚めちゃったわけだ」
「丁寧な暮らし?」
「そのうち、飲む水とかもこだわりだすよ。水道水は良くない、あそこの山脈から湧き出た天然水じゃなきゃ駄目とか、オーガニックな食材で作った料理しか認めないとか、洗剤もなんか健康志向がいいとか。あとミニマリストになったりして不要なものは全部捨てちゃうみたいなあうっ!?」
遥のおでこを指で軽く弾いた。
「そんな奴になってたまるか。掃除が好きなだけだよ。それより、ふたりとも俺の部屋に何の用だ」
「あー。かくかくしかじかで、悠馬の趣味を知りたくて」
「掃除」
「それはわかったけど」
「あー。でも今の素っ気ない言い方、やっぱり本物の悠馬って感じがするよね!」
「最初から本物なんだってば。ほら、出ていけ」
「うえー」
俺に背中を押されて、ふたりは渋々部屋から出ていく。
デートプランを真剣に考えてくれるのは嬉しいんだけど。ここまでやれとは言ってない。
数日後の週末。予定通りに、ニコニコ園に向けてのプレゼントを買いに、俺たちは布栄の街まで出ていた。
俺たちとは、俺と遥とアユムと、ラフィオとつむぎだ。
愛奈はパーティーに行くこと自体は楽しみにしてたけど、プレゼント選びは俺に任せると言った。財布から万札出してこれで買いなさいと言ったあたり、保護者としての役割は果たしてくれてる。
「で、なににしよっか。小物とかかな?」
何がいいかとかは、全く考えてない。みんなに配るのだったら、ひとつひとつは安いものってくらいしかヒントがない。




