11-4.悠馬のこと
遥とアユムがようやく悠馬から解放されれば、ふたりは逃げるように部屋へと向かった。
さすがに女の子の部屋に悠馬が入ることはないはず。だから勉強から逃れられる。
「大変だったよー」
「そうだな。悠馬があれほど真面目とは……いや、オレも真面目だけどな!」
「アユムちゃんも授業聞いてなかったでしょ?」
ベッド脇に松葉杖を置いて、遥は寝転びながら尋ねる。
「今日だけだよ。いつもはちゃんと聞いてる。……ここの大学行きたいから」
「そうだったね。アユムちゃんは普段は頑張ってる。……でも、だったらなんで、今日だけはうわの空だったの? 悠馬がそれほど好きだから?」
遥から見ても、今日の授業中のアユムの様子は普段とは比べ物にならないくらいに集中力を欠いていた。人に注意を払う時点で自分も授業に集中できてない? それは言わない約束で。
「悠馬が好きってのもあるんだけどさ。オレ、模布市のこととか知らないじゃねえか。どんなデートにすればいいかなんてわかんねえんだよ」
「あー。それは悩むよねー」
「オレ、どっちかというとエスコートされたい……」
「気持ちはわかる。わたしはこんな足だからさ、行きたい所言って連れていってもらえるのが好きなんだけど。そもそもアユムちゃんとは立場が違うよねー」
「どうしたもんかな」
「そもそも悠馬が、もっと自分でデートプラン考えるべきだとは思うけど……」
リビングから、なんか騒がしい声が聞こえてきた。
いつものことだ。愛奈が飲みたいと騒いで、悠馬が止める。
今日は愛奈さん、いつもより遅い時間に帰ってきたな。この前も言ってたよね、年末進行。それで忙しいから酒に逃げようとするけど、悠馬はそれを許さない。
「大変そうだな」
「うん。悠馬も忙しいよ。わたしたちのわがままのお世話ばっかりする暇はない」
「そうかー。じゃあ、オレなりに頑張るしかないか。悠馬に何をしてあげたいか、考える」
「だねー」
それぞれのベッドにごろんと寝転がり、天井を見上げる。そこに何があるわけじゃないけれど。
少し静かになった愛奈と悠馬の会話が聞こえた。
「愛奈さんも、悠馬とのデートプラン考えてるんだろうな」
「ああ。悠馬もそれ伝えてるのか」
「そりゃね。ほら、愛奈さんの声が大きくなった。頑張るぞーって」
「年甲斐もなく」
「でも、愛奈さん悠馬のこと本気で好きだからなー。ライバルとして、かなり強力だよ!」
「しかも模布市に詳しいからな。くそっ! 勝てるのか……」
「わたしたちも胸の大きさなら勝てるけどね」
「!! そうか。それは負けてない! よし、この武器を活かして……」
「いやいや。本気にしないで」
悠馬、色じかけとか嫌いそうだし。男の子だから興味ないわけじゃなさそうだけど、でも友達からされるのは違うって言いそうだ。
活路を見出したと一瞬だけ期待して身を起こしたアユムは、すぐにまたベッドに倒れ込んだ。
「やっぱり、オレなりに頑張るしかないか……なあ遥。悠馬って好きなものあるのか?」
「んー……わかんない」
「そんなことないだろ。付き合い長いんだろ?」
「この一年くらいだよ。それまでは、家が近くで学校も一緒ってだけ」
「趣味とかないのか?」
「サブスクで映画とかよく見るって」
「趣味に入らない気がするんだよなー」
「そんなもんだよ。都会の高校生も。SNSでインフルエンサーの投稿を見て憧れるとか。バーチャルな配信者の動画見て楽しむとか。大勢の人はそういうので時間を使ってるの」
「そんなの、田舎でもスマホがありゃできる趣味じゃねえか」
「まあねー。でもグッズとかは都会の方が手に入るよ。東京に行けばイベントとかもあるし」
「東京かー。行ってみたいな」
「悠馬が行きたがるかは別だけどねー」
「そうだった。悠馬の好みが……わかんないんだよな……。行きたい所訊くっていうのも反則だし」
「探ってみない?」
「お?」
「悠馬の部屋、入ったことないじゃん。なんかアイドルとかアニメのポスターとか飾ってるかも。ちょっと見てみようよ」
「いいのかそれ? いや、でも、なんかデートの参考になるかも……」
「決まり!」
遥はベッドから起き上がり、松葉杖を手に取った。アユムも少し気が引けるといった様子ながら立ち上がった。
リビングの様子に耳をすませる。テレビの音くらいしか聞こえなかった。
こっそり覗くと、愛奈がテーブルに突っ伏している。キッチンからは洗い物の音。見れば、ラフィオとつむぎが並んで食器を洗っていた。
「悠馬は?」
「お風呂に入ったよ」
「よしっ! チャンス!」
「……君は何を考えているんだい?」
「なんにもー? 別に、悠馬のお風呂を覗こうとかは考えてないよー?」
「そんなことは絶対にするなよ」
「しないしない。絶対にしない。じゃあアユムちゃん行こっか!」
「お、おう……」
あからさまに怪しんでいるラフィオの視線を背に、遥とアユムは悠馬の部屋へ向かった。
この扉は何度も見てるけど、そういえば中に入ったことはなかった気がする。
少し躊躇ってから、意を決して扉を開ける。




