10-60.やっぱりこうなる
「そうですね。お化け屋敷って、なんか暗いイメージありますけど」
「遥たちが話してただろ。明るい廃墟がコンセプトだって」
よく見れば蛍光灯そのままの明かりではない。微かに赤みかかった光で教室内は照らされていた。
そしてまるで廃墟のように、地面には物が散乱している。新聞紙とかだけど、そこには血がついているようだ。
通り道にはさすがに邪魔な物は置いてない。そう思ったけど。
足を踏み出せば、パキパキと音がした。思わず下を見れば、その近くに白骨が転がっている。
「ひひぃっ!? ごめんなさい祟らないで!」
「お、落ち着け。作り物の骨だから!」
「わかってるけど!」
通路の端に骨を置いて、人が通るところに音がなる枯れ木みたいなものを置いておけば、雰囲気もあって骨を踏んでしまったと誤解する。
仕掛けはわかってる。わかってるんだけど。
教室内は明るく、壁で仕切られていて進むべき通路もはっきりしている。一本道の細い通路を用心深く歩く。
不意に、また音がした。しかも背後から。水が滴り落ちるような音だ。
さらに足音まで後ろから聞こえてきた。
「ねえ、ラフィオ。後ろになんかかいる?」
「わからない。いるかもしれない」
「ふたりとも怖いこと言わないでよ! わたしもなんか聞こえるけど!」
「うばぁぁぁ……」
「ひいぃっ!?」
うめき声のようなものが聞こえて、愛奈はその場ですくみ上がった。
「ら、ラフィオでもつむぎちゃんでもいいから! 後ろ確認して!? 絶対なにかいるわよね!?」
「そういうのは自分で見ろよ。まったく」
仕方なくラフィオが振り返ったところ、そこには何もいなかった。
「ほら。安心しろ。後ろにはお化けはいない」
「何もいないのに気配がしたの! 逆に怖いんだけど!」
それはたしかに。
けど、お化けが出ても怖いし出て来なくても怖いっていうのは理不尽だ。
その後も、後ろから感じる気配を気にしつつ進むと。
「ねえラフィオ。あれ。掃除道具入れのロッカー」
「あ、本当だ。……中に絶対に潜んでるよな」
「だよね。愛奈さん先に行きますか?」
「いやいやいや! 行かない! 行かないから!」
「いいのかい? じゃあ僕が先に行くけど……」
ロッカーの方を注視しながら、ラフィオはつむぎと手を繋いだまま近づいていく。
不意に、鉄の匂いが鼻をついた。あるいは血の匂いというべきなのかな。あのロッカーの中から漂っている気がする。
背後の愛奈も気づいたのか、小さく悲鳴を上げた。
どこからか聞こえてくる水音は今も健在。余計な恐怖をなんとか頭から追い出してロッカーに意識を向けた。
すると。
「ばー」
「うわぁっ!?」
「ひっ!?」
意識の外からお化けが飛び出してきた。血まみれのボロボロの服を着た、知らない顔のお化け。
ロッカーに視線を誘導させて、違うところから襲ってくる。あのお化け屋敷で学んだことじゃないか。まんまと騙された。
いやだって。あのお化け屋敷でもロッカーで驚かされたし! だからこっちを警戒するのも当然というか!
「あ、愛奈は大丈夫か?」
「…………」
「おい返事しろ」
「あばー……」
その場に座り込んで放心していた。
「……これは駄目だ。あの。ギブアップします。戻ります」
なんとなく、こうなる気はしていた。愛奈は最後まで行けないだろうと。悠馬も同じことを考えていただろうな。
さっき驚かせてきた生徒に声をかけた。彼は困惑していたようで。
「もしかして驚かせすぎました?」
「いいえ。この人が特別怖がりなだけです」
「そうですか。ここからもっと怖くなるんですけど。あのロッカーの中にも人がいるんですけど」
そっちはそっちでいるのか。二重の構えは素晴らしいな。
「クライマックスでは片足しかない女の子が追いかけて来るんですよ」
「それは知ってる。僕たち、遥や悠馬たちの知り合いなんです」
「そうなんだ! おーい。双里、神箸」
お化けが悠馬たちを呼んだ。
――――
「もう! お姉さんひどいですよ! お姉さんを怖がらせるために頑張ったのに!」
「だってー!」
「あの遊園地のお化け屋敷をさらにアレンジして、ものすごく怖い感じにしたんですから! あのお化け屋敷より怖い自信ありますから!」
その後愛奈をしばらく休ませていると、今日の文化祭の終わりの時間が来た。二日目が明日にあるけど、学内に泊まるわけにはいかず、みんな帰宅する。もちろん俺たちも愛奈と一緒に帰路につくことに。
一日目をやりきったと、みんな満足感を出している校舎を歩く。遥だけは様子が違ったけれど。
かなり序盤でリタイアした愛奈に怒っているようだった。
まあ、高校生が作ったものだ。あの廃病院に勝つのはさすがに無理だ。演出も、アレンジというよりは真似したと言うべきもの。
オリジナルな演出も少しはあるけど、大抵は似たようなものだ。特に、ラフィオたちが見れなかった後半はそう。
だから完走したとしても、ラフィオたちにとっては少し物足りないお化け屋敷になったことだろう。
「愛奈さん! 明日リベンジしましょう!」
「絶対に嫌です! 無理無理! 明日は家から出ません!」
「えー」
「遥、そのくらいにしておけ。愛奈はこれでも本気で怖がってるんだ。真剣なんだから」
「うー……やっぱり悠馬、お姉さんのことになると甘いよね」
「そうか?」
「そうだよ」
遥は不満そうだけど俺に言われれば従うしかない様子だ。無理を通して俺に嫌われることこそ、遥が恐れていること。
「……お化け屋敷は行かなくても、文化祭自体は楽しいし、明日もまた行ってあげてもいいかなーとは思ったけど?」
と、愛奈はかなり慎重そうながら、少しだけ笑みを浮かべながら伝えた。
珍しい。弟の文化祭に顔を出すって義理は果たせたはずだ。日曜日に愛奈が外に出る用事を積極的に作るなんて。
「いいでしょ。本当に楽しいって思ったんだから」
撤収と明日の準備に忙しなく動いている校舎の様子を、校門の前で立ち止まって振り返った。
「いい景色じゃない。わたしも、もう少しだけ楽しもうって気になったのよ」
「そうか。明日は今日より自由時間あるんだ。姉ちゃん、一緒に色々見て回るか?」
「ええ。そうしましょう」
愛奈は自然に、俺と手を繋いで微笑みかけた。
「あの。お姉さん。わたしたちもいるんですけど? 悠馬とふたりきりで回るとか許さないんですけど?」
「まあまあ。いいじゃねえか。愛奈の好きにさせてやっても」
「アユムちゃんは誰の味方なの!?」
「悠馬?」
「うわズルい!」
「なにがだよ!?」
「ねえラフィオ。明日はふたりで文化祭行こ!」
「あー……うん。いいよ」
「やったー!」
ああ。騒がしい。けどまあ、文化祭ってこういうものだよな。
色々あった秋も、こうして終わっていく。やがて訪れるのは、やはりイベントごとの多い冬だ。
「ねえ悠馬! クリスマス! クリスマスはふたりでデートしよ! 約束だから!」
遥が、かなり勢いこんで言ってきた。
また忙しくなるな。




