10-57.文化祭当日
土曜日。文化祭当日。悠馬たちは最終準備だと朝早くに起きて学校に向かったから、今日もラフィオは自分と愛奈とつむぎの朝食をだけを作っていた。
そして愛奈は眠っている。休日だから、いつものことだ。けど今日はちゃんと文化祭に顔を出さなきゃいけないわけで。
「愛奈さん起きてくださーい!」
「ぎゃあああああ!?」
つむぎがフライパンを叩いて起こす。この動作も随分手慣れてきた様子だ。
「ほら。朝ごはん食べたらさっさと行くぞ。悠馬たちも、愛奈を怖がらせることを楽しみにしてるんだ」
「うー。待って。着替えさせて……というか、怖がりたくないのよ……」
パジャマ姿の愛奈が目を擦りながらリビングに来た。
「お化け屋敷なんて……本当にどうして……」
「悠馬たちのシフトの時に行ってあげないと駄目だからね。ちゃんと時間通りに行くよ」
といっても、悠馬たちのシフトというのは夕方あたりの時間。余裕は十分にある。
もちろん、それまでに文化祭というものを色々見て回りたい気持ちもラフィオにはあったから、早めに行きたかった。
「ううー。遥ちゃんが本気で怖がらせてくるやつじゃん……」
「じゃあ、行かないのかい?」
「ううん行く……」
こういうところ、本当に律儀だ。
朝食を食べているうちに目も覚めたのか、使い終わった食器をキッチンまで運ぶ愛奈の足取りはしっかりしていた。
そのまま自室に戻り、再び寝たりすることなく私服に着替える。秋のコーデなんだろう。
「さあ、行きましょうか。ふたりとも準備はできてる?」
「ああ。とっくにできてる。外に行く格好になってるかってことだろう?」
「いえ。心の準備が」
「そっちか……」
そんなに大層なものではないと思うのだけどな。
バスに乗って学校前まで向かう。ラフィオにとっては見慣れた校門が、色とりどりの装飾で普段とは全く違う様子に変わっていた。
時には生徒指導の先生が立って挨拶してる場所だけど、今日は長机が置かれている。そして生徒たちがパンフレットを配っていた。
普段はこの校門を通ることがない親御さんや近隣の中学生たちが次々に敷地内に入っていく非日常の光景。
ラフィオも同じだった。いつもは悠馬の鞄の中の妖精だけど、今日は人目につかない瞬間を狙って少年の姿に。
この目線で校舎を見るのは初めてだなあと、少し違った感覚に驚きを抱いた。
「これが悠馬さんたちの学校なんだね。ねえラフィオ。いつかラフィオとここに通いたい」
ラフィオと手をしっかり繋ぎながら、つむぎが高揚した声をかける。
つむぎと一緒の高校生活か。ちょっと憧れる。ラフィオが高校に行けるのかという問題はあるけど、なんとかして行きたかった。
「あ! ウサギさん!」
「待てこら」
そんな楽しい妄想を浮かべていたラフィオだけど、中に生徒が入っているらしいウサギの着ぐるみを見たつむぎが駆けだそうとしたのを、必死で止めることになった。
まったく。油断も隙もない。
「愛奈どうする? 今、悠馬たちがお化け屋敷で働いてる時間らしいぞ。今のうちに行くか?」
「い、嫌です! もう少し文化祭を楽しんで気分を盛り上げてからでも遅くないわ!」
「そうか」
できるだけ後ろに引き伸ばしたいんだな。
悠馬たちは午後に入れば仕事から一旦解放されて、クラスメイトにお化け屋敷の運営を託して自分たちでも文化祭を見て回る時間に入るらしい。その後夕方からまた運営に戻る。
その頃に行っても遅くはないと言いたいらしい。なんて浅ましい考え方だろう。
「なんかほら! いろんな出し物とかあるし! 体育館で舞台とかやってるし! いろんな模擬店とか! あと展示とかもあるし! 見てよほら、陸上部カフェだって。あとメイド喫茶もあるし、ホラー風カフェ……はやめておこうかな。それから……えっと……」
露骨に苦手なものを避けに行く精神は立派だ。けど、ある文面を見た途端に愛奈は絶句してしまった。
「どうしたんですか、愛奈さん」
「魔法少女カフェなるものがあるのよ。なんなのかしら、これ」
「面白そう! 行ってみましょう!」
「あ! 待って!」
興味を持ったつむぎがラフィオの手を引っ張って該当の教室に向かう。もちろん愛奈も追いかけることになって。
その名の通り、魔法少女のファンたちが作った魔法少女をテーマにした喫茶店風の模擬店だ。
「わー! ラフィオがいる!」
店舗となっている教室の一角に、有志が作った巨大なラフィオ像が座っていた。等身大をイメージしたらしい大きさで、ちゃんと表面はファーで覆われていてモフモフなようだった。
「待て。触らないでくださいって書いてあるだろうが」
「でもー!」
「モフモフしちゃ駄目だ」
「じゃあラフィオ、モフモフさせて?」
「駄目」
「むー……」
不満げなつむぎを引っ張って席につく。
メニューは、パンケーキとかオムライスとか焼きそばとか、至って簡単なもの。それを。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「おおう。魔法少女のコスプレだ……」
コスプレした女子生徒が注文を取っては料理を運んでいた。バーサーカーやファイターのコスプレもしっかりいた。覆面かぶってる男子生徒もいた。
魔法少女がこうやって世間に受け入れられてること自体は嬉しいんだけど。
「ううっ。恥ずかしいというか。魔法少女のコスプレずっと流行ってなくない? 春くらいからみんなやってるわよね? やっぱり、自分のコスプレしてる人見るの恥ずかしい……」
愛奈がひとりで頭を抱えていた。
「慣れるんだ。世間はみんな君のことが好きなんだよ」
「でも。ほら。若い子がお腹出してる……」
ピンク色のセイバーのコスプレを見ながら、かなり気まずそうだった。
「愛奈も若いだろう?」
「でも、あの子たち下手するとわたしより十歳近く年下なのよ?」
「よく考えれば愛奈さん、わたしの倍以上生きてるんですよね」
「ええ。本当にね……あの子もかなり大胆すぎて……。オムライスおいしい……」
特に露出の多めなバーサーカーのコスプレが運んできたオムライスを、愛奈は現実逃避するように食べた。




