10-51.正蔵と魔法少女
剛はトンファーを使い、黒タイツたちに次々に打撃を与えている。
敵のパンチをトンファーで受けつつ、素早く向きをかえて殴打。地面に沈めた黒タイツの首にトンファーの長い箇所を引っ掛けて、てこの原理で首を折る。
複数の黒タイツが襲ってきたのも冷静に対処し、バシバシと次々に叩いて怯ませながら順番に首を折って確実に殺していった。
正蔵はバーサーカーが完全に抑えている。こいつは腕力だけはあるが、戦いの技術に関してはやはり素人だった。
「駄目ね。あいつ、戦い方をまるで知らない」
「でもやる気はあるよ」
「たしかに。生き残ったら使ってあげる、くらいかしら。フィアイーター、あなたも手伝ってあげて」
キエラとティアラは上から目線で正蔵の戦いぶりを評論していた。実際に立場は上なんだろう。
奏楽堂のフィアイーターに命令を出してから、揃って去ってしまう。追いかけたいけど、今は手数が足りなくてそれどころじゃない。
正蔵と黒タイツどもだけで精一杯なんだ。
「フィァァァァ!」
フィアイーターの咆哮。そして自身の体を一周している手すりに触れる。正確には、それを構成してる音符に。
音符のひとつを手にとって、こっちに投げてきた。
「うわ! みんな避けろ!」
「フィー!?」
慌てて回避した俺だけど、剛もバーサーカーもその暇はないようだった。幸いなことに音符の狙いは俺だったらしく、俺だけ避ければ音符は地面に当たった。
直前、俺と取っ組み合いをしていた黒タイツが直撃を受けて死んだ上で、地面に落ちたという意味だ。
国歌を構成している音符を投げるなんて畏れ多い行為を平然とやってのけたフィアイーターは、次の音符を手にしていた。
その狙いは俺ではなく、黒タイツに囲まれている剛だった。仲間である黒タイツもろとも攻撃するつもりか。助けないと。
「せりゃー!」
直後、セイバーが登場してフィアイーターの足に向けて剣を振る。さらに別方向からレールガンの弾丸が発射されて音符を持った腕を撃ち抜いた。
「フィァァァァァ!?」
腕を砕かれるとまではいかなくても、大穴を開けられたフィアイーターは苦悶の叫びを上げた。持ってた音符は取り落としてしまう。
「やっほー! お待たせしました! 魔法少女シャイニーセイバー、可憐に登場です!」
何が可憐だ。助かったけど。
「黒タイツの数が多い上に、フィアイーターもでかい! あとなんかホームレスの男もいる! 困ってるみたいね! でも大丈夫! 頼れるシャイニーセイバーが来たから! えい! やー!」
気合いが入ってるのはわかるけど、どこか気の抜けた掛け声と共にセイバーはフィアイーターの足に剣を振り続ける。
奏楽堂から生えた手足は、その材質に合わせて煉瓦みたいな質感になっていた。つまり陶器だ。石と似てるけど、強い衝撃を与えれば割れる。それに金属ほど固くはない。
両断はできなくても、フィアイーターの足を徐々に砕いていた。
もちろんフィアイーターの側もやられてばかりではない。
セイバーをより強い脅威と見なして、真っ先に排除を試みる。音符をひとつ掴んでセイバーを殴打しようとした。さっき穴を開けられた右手ではなく、おそらく利き腕ではない左手で。
「甘い! パワーだけに頼った攻撃じゃ! わたしは倒せないわよ!」
振り下ろされた音符を回避して、目の前の腕を剣で少しずつ削るセイバー。
いい調子ではある。けどよく見れば、穴の開いたフィアイーターの右腕が少しずつ回復し始めていた。
奴の体が硬いのは間違いなく、故にセイバーだけで傷をつけても、回復速度が上回ってるようだ。
つまり、手が足りてない。
レールガンを撃ち終わったハンターとラフィオはといえば、こちらに向かってきて黒タイツたちの排除に当たってるし。
彼らにも考えはあるらしくて。
「ハンター! あの男の頭を射抜け! 首も、心臓もだ! あいつを殺して、あのデカイやつに専念しよう!」
「うん! でも黒タイツ多くて狙いにくい!」
「僕が接近してやる! 近くなら当てられるだろ!」
ラフィオに跨ったハンターが、周囲の黒タイツを次々に射抜いていく。ラフィオ自身も駆け出して、迫ってくる複数の黒タイツに正面衝突。ラフィオの方が重いから、黒タイツどもは仰向けに倒れた。
一体はハンターの矢の餌食になって、もう一体はラフィオが噛み付いて頭をバリバリと砕いた。
直後に横から黒タイツが襲ってきたから、ラフィオは後ろ足で思いっきり蹴り倒したようだ。
俺も剛も黒タイツを引きつけているから、バーサーカーと正蔵の周りにいる数は自然と減っていく。
ふたりは押し合いをやめて、激しくやりあっていた。連続して殴りかかる正蔵の拳を、バーサーカーはひたすら避けるか受け止めるかして時折懐に潜り込んで膝蹴りを食らわせた。正蔵もすかさず引いてダメージを軽減しつつ、攻撃した直後に隙が出来たバーサーカーの肩を殴る。
「やるなおっさん! でも全然痛くねえぜ!」
「女が調子に乗るなよ!」
「はん! オレはただの女じゃねえぜ! 最強の魔法少女で、お前より強い! 馬鹿にしてると痛い目見るぜ!?」
バーサーカーと正蔵の力は互角なようだった。堪え性はバーサーカーの方が上のようだけど。
高校生ではるかに年下の俺と、やっぱり小娘でしかない魔法少女に嘲られたと認識した途端、正蔵の表情が険しくなる。激しく殴りかかってきた拳を、腕で受け止めて逆に押し返していた。
そんな正蔵の頭部に矢が刺さった。もちろん、放ったのはハンターだ。
小学生の女の子だ。




